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季刊誌『通訳翻訳ジャーナル』の連載、翻訳出版社最前線をWebでも公開しています!
翻訳書を刊行している出版社で、翻訳書を担当する編集者にインタビュー!
訳書の主なジャンルや選定方法、リーディングや翻訳の依頼などについてお話をうかがいました。
<翻訳出版社最前線> 小鳥遊書房
📚株式会社小鳥遊書房📚
~Company Data~
〒102-0071 東京都千代田区富士見1-7-6 飯田橋ニュー東和ビル5F
●ホームページ:https://www.tkns-shobou.co.jp
●翻訳書刊行点数:約5点/年
●翻訳書の主なジャンル:英米文学(研究書・作品)
●出版実績のある言語:英語
●原書の発掘方法:大学の研究者からの提案、文学学会への参加など
●新人翻訳者の抜擢:あまりないが、持ち込みは可能
●リーディング:基本的に依頼していない

編集部
編集者2人が、アカデミックな本から戯曲まで手がける
小鳥遊(たかなし)書房は、もともと同じ出版社で働いていた2人の編集者が2018年に立ち上げた出版社である。現在も立ち上げメンバーである、高梨治さんと林田こずえさんが、本の企画、編集から、校正、営業、販売、経理まで、すべての業務を行っている。
2人は前職では実用書や社会問題の本なども作っていたが、文学研究書を出す版元が減っていることもあり、小鳥遊書房では英米文学の研究書とその周辺にジャンルをあえて絞っている。人文学系の書籍や、伝記、外国文学など、2018年からの4年間で、100点以上の本を出版している。その中の20~25点、4~5冊に1冊程度が翻訳書だ。
英米文学関連の書籍を多く出版していることもあって、高梨さんと林田さんは、大学で教鞭を執る英米文学の研究者とのつながりが深く、研究発表会や講演会などに頻繁に参加しているという。
「日本英文学会や日本アメリカ文学会といった文学関連の学会が主催する研究発表会には2人してできるだけ足を運び、発表の内容を聞いておもしろそうだと思えば、発表者に『本にしてみませんか』と声をかけることもあります」(高梨さん)
そうした場で知り合った研究者側から、学術書に限らず、翻訳書の企画が提案されることもあり、ホロコーストを生き延びたユダヤ人女性が著者の『平和の下で』(マリオン・イングラム 著/北美幸、袴田真理子、寺田由美、村岡美奈 共訳/20年刊)もその例だ。実際に、翻訳出版することになった場合の翻訳は、企画を持ち込んだ研究者自身が担当することがほとんどだ。
「22年12月に刊行した『タッチング・フィーリング』(紹介欄参照)は、ジェンダー研究などを専門としていたイヴ・セジウィックの著書で、一部で注目はされていた本なのですが、内容が難解で、翻訳は難しいと言われていました。この本を、アメリカ文学の研究を専門とする岸まどかさんが、ある研究会で『翻訳したい』とおっしゃっていたそうです。それを聞いた知り合いの先生が、岸さんに当社への持ち込みを提案してくださり、刊行に至りました」(高梨さん)
翻訳戯曲も複数刊行
映画のテキストも人気
翻訳書については、ミステリ・YA・論評などのほか、戯曲の訳書を複数刊行している。その中の一つ、『ミネオラ・ツインズ』(ポーラ・ヴォーゲル 著/徐賀世子 訳/21年刊)は、1999年に書かれたアメリカの戯曲で、演劇に詳しい林田さんが上演台本を読み、「こんなにもおもしろい戯曲を、出版しないのはもったいない。ぜひ自社から刊行したい」と、動き出した作品だ。
当時、『ミネオラ・ツインズ』は、日本でも舞台上演されることが決まっており、舞台制作を行う「シス・カンパニー」に「どうしてもこの戯曲を本にしたい」と直談判。多くの舞台作品の翻訳を手がける徐賀世子さんが舞台用に訳していた台本を、アレンジして書籍化した。舞台上演中には、会場で毎日手売りをするなど、地道な販促活動で、重版するほどの好評となった。
また、19年に出版した『映画で実践! アカデミック・ライティング』(紹介欄参照)は、大学の教員による持ち込み企画だが、大学のテキストに指定されるなど、版を重ねている。
版権料の高騰が直撃
翻訳のスピードは重要
同社の出版物では大学の研究者など、英米文学の有識者が翻訳者を務める場合が多いが、研究者以外からの企画持ち込みや提案も受け付けている。英語圏の書籍であれば、フィクション、ノンフィクション問わず、文学や歴史、映画などのジャンルは歓迎だという。『トム・ソーヤーの冒険』(マーク・トウェイン 著/市川亮平 訳/22年刊)などもその一つ。また、版権が切れている既訳本は、「出す価値のある本であれば出版のチャンスがある」と高梨さんは言う。
「翻訳には寿命があるとも言われますし、1つの本にさまざまな訳があれば読者の選択肢を増やすことができます。版権の切れている本の古典新訳などは、版権料を気にしなくていいので、かなり狙い目です」(高梨さん)
また、原書とつきあわせて校正しながら編集者として翻訳者に望むことは、「誤訳・訳し落としをしない」、「原書の意味を曲解しない」といった翻訳の質に加え、「翻訳のスピード」である。「実は現在、円安で翻訳書の版権料が跳ね上がっていて、翻訳出版業界は大打撃を受けています。版権を取得後、出版より先に原著者に版権料(印税・アドバンス)を支払う必要があり、出版社としては先行投資をする形ですから、当社のような小規模な会社では、版権取得後、なるべく早く、できれば1年以内に出版したいというのが本音です。ですから、訳稿は半年以内に完成させるのが理想で、1日でも早く翻訳を仕上げようと心がけてくださると、とてもありがたいです」
英米文学への思いの強い2人が、立ち上げた小鳥遊書房。
「今のところ、世に出しておきたいと感じた本を出版することができている」と高梨さん。2023年はシェイクスピアの次世代の劇作家ジョン・ウェブスターの戯曲『悪魔の訴訟』や、ハロルド・ブルームの『影響の解剖』といった難解だが重要な文学批評書を出版予定だ。
売れ筋📕

情動・教育学・パフォーマティヴィティ』
イヴ・コソフスキー・セジウィック 著
岸まどか 訳
3,300円(税込)
(2022年12月刊行)
『男同士の絆』といった著作でも知られるクィア理論の第一人者である著者が、進行性のがんに侵されながら書いた著書。心と身体の二元論では理解できない質感と感情のあいだにある特別な感情=情動(アフェクト)を知るための理論書。一読してもなかなか意味が捉えづらく、「日本語にすることが不可能」と思えるような英語を、工夫と苦労をして日本語に訳出した1冊。

リサ・ラッツ 著
杉山直子 訳
2,090円(税込)
(2021年9月刊行)
第8回日本翻訳大賞最終候補作で、理不尽と闘う女が主人公の痛快ミステリ。階段から落ちて事故死した夫の死体を見た瞬間、「わたし」の逃亡生活がはじまった─主人公が逞しく問題を乗り越えていく姿に共感を呼び、軽快な翻訳に読む手が止まらなくなる。真相が明らかになったとき、もう一度読み返したくなる1冊。
必読!小鳥遊書房のベストセラー📘

カレン・M・ゴックシク、デイブ・モナハン、リチャード・バーサム 著
土屋武久 訳
2,640円(税込)
(2019年4月刊行)
アメリカの大学で実際に使用されているテキストの翻訳書。書くための準備の仕方からどのように書くのかまで、ステップアップして実践できるように構成されている。巻末には図解による映画用語の解説も充実。主な読者対象は大学生のため、教員が語りかけるような「ですます調」で訳出してある。映画用語は原語に対応しており、教科書指定する大学も多い。
※『通訳翻訳ジャーナル』SPRING 2023より転載