翻訳だけではなく歴史・文化の考証にも協力
このゲームの日本語化を担当したのは、ローカライズプロデューサーの石立大介さんと関根麗子さん、ローカライズスペシャリストの坂井大剛さんという3名のチームだ。
SIEが発売するゲームの日本語ローカライズは社内のローカライズチームが統括しており、主にプロジェクトの進行管理や海外とのやり取りなどを行う「プロデューサー」と、ローカライズの方針を定め、実際にシナリオ等の翻訳を行う「スペシャリスト」が数名のチームになって1つの作品を担当する。手が足りない場合は社外のローカライズ会社などに翻訳を依頼するが、ゲーム内の台詞やテキストの統一感を保つため、最終的なチェックはすべてスペシャリストが行う。
本作のローカライズでは、英語の原文で約30万ワードにもなるシナリオの第1稿を坂井さんが1人でほぼすべて訳し、一部は石立さんも翻訳をサポート。でき上がった訳をチームの3人で検討して、ブラッシュアップしていくという方法で作業が行われた。SIEでは、日本語テキストと音声をゲームに実装して行うQA(Quality Assurance)も必ずローカライズの担当者が行い、違和感のある箇所はないか、細かくチェック→修正という作業を数回繰り返して、最終的に日本語版が完成する。
実際の翻訳作業に費やされたのは約1年間だが、今作では翻訳以外にも、企画段階から日本語ローカライズチームが開発チームの日本への取材旅行をアテンドしたり、日本中世史の専門家に時代考証を依頼し、日本の言葉や歴史・文化に関する開発側からの質問に答えたりという、ゲームの世界観を作るために必要な言語・文化的なサポートを行っている。
関根さん「普通のゲームでは、ここまでローカライズチームが開発段階から関わることはありませんが、日本が舞台のゲームということで、開発側から協力を求められました。中世の人名や、当時の手紙の書き方について質問を受けたり、日本のユーザーがおかしいと感じる点はないか、意見を聞かれました」
翻訳作業が始まる前には、当時の文化・言葉の調査のほか、時代劇の作風を学ぶため、『子連れ狼』などの原作者として知られる小池一夫氏の時代劇ワークショップに参加したり、映画・ドラマ・漫画・書籍を通して時代劇の知識を吸収するなどの事前準備を行った。
坂井さん「ローカライズの前には必ず事前準備を行いますが、この作品は開発サイドからの質問に答えていたこともあり、調べ物の量が他作品よりも格段に多くなりました。主人公が和歌を詠む場面があるので、和歌に関する本も数冊読んで勉強したり、翻訳作業中も、古語に関する辞書を常に横に置いて『この言い回しは時代に合っているのか』と一つひとつ調べながら台詞を訳していました」
「時代劇らしさ」を出しつつ
一聴してわかる言葉を選んだ
ゲームシナリオの翻訳では、原文の意味を伝えつつ、キャラクターの性格や背景を反映した日本版ならではの表現に台詞を新たに書き直すというクリエイティブな力が大いに求められる。翻訳調のぎこちないニュアンスが出ると、ゲームへの没入感の妨げになってしまうためだ。また、最近の大作ゲームはテキストだけでなくボイス(吹替)も収録されるのが一般的になっているので、耳で聞いて違和感のない台詞に仕上げる必要もある。
坂井さん「今作のシナリオでは、『時代劇らしい言葉使い』と、特に音で聞いたときの『わかりやすさ』を両立させることを重視しました。時代劇の雰囲気は出しつつ、例えば若い世代で、時代劇にあまり親しみがない方でも、1度聞いただけで意味がわかるような言葉を選ぶようにしています。
あとは、キャラクターの性格以外にも、農民・武士などの身分で話し方を変えたり、武士の中でも、階級によって少しずつ使う言葉を変えています。この身分による細かい言葉の使い分けは英語版の台詞では表現されていないので、日本版独自のものです」
翻訳において、特に印象に残っているという箇所の1つが、主人公の「誉は浜で死にました」という台詞。原文は “Honor died on the beach.” で、ストレートな翻訳に思えるが、「誉(ほまれ)」という言葉にたどり着くまでには曲折があったそうだ。
坂井さん「最初は普通に『名誉』と訳していましたが、”honor” は作中でよく使われる言葉で、武士としての矜持や生き方を表す重要なキーワードでもあります。もっと印象的な言葉はないかと考え、辞書を当たって『誉』を見つけました。『名誉』よりも深いニュアンスと時代劇らしい響きがありつつ、現代人が聞いてもぱっとわかりやすい。『これだ!』と思い、採用しました」
また、文化的な違いに配慮した箇所としては、英語版で「俳句」を詠むパートが、日本語版では「和歌」に変更されている。俳句は近世以降に発展したので、史実として正しいのは「和歌」だが、海外のユーザーにとって和歌は馴染みがなく、俳句のほうが世界的に知名度が高い。なので、日本以外では「俳句」が採用され、日本では、鎌倉時代に俳句があることに違和感を覚える人が多いため「和歌」とした。翻訳の際は、英語の俳句(3行詩)の内容を、和歌の形式(日本語で5・7・5・7・7の音)へと書きかえた。
関根さんと坂井さんは、本作について、一般的な「ローカライズ」の範疇を超えた作業になったが、やりがいも大きかったと振り返る。海外発の本格的な時代劇ゲームは今後も出てくる可能性がある。本作は、その日本語ローカライズにおいても後続作品の指針となっていくことだろう。
※ 通訳翻訳ジャーナル2021年夏号巻頭記事より転載
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