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2025.07.29 UP

第26回 浦田貴美枝さん: 映画『ラ・ラ・ランド』ほか の字幕&吹替を語る!

第26回 浦田貴美枝さん: 映画『ラ・ラ・ランド』ほか の字幕&吹替を語る!

映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の執筆者は、英日の字幕と、実務翻訳で活躍する浦田貴美枝さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka

「音楽映画」3本の字幕&吹替を紹介!

こんにちは。字幕・実務翻訳者の浦田貴美枝です。

昔から、面白そうな映画は映画館で観て、気に入るとパンフレットを買って読み、DVDやBlu-rayが出たら吹替版や特典映像も観て……と、好きな映画はとことん楽しむタイプです。

仕事柄、ホラーやアクションなどあらゆるジャンルの作品を観ますが、今回は特に好きな「音楽映画」3本から、印象的なセリフを字幕と吹替でご紹介します。

1. 映画『ラ・ラ・ランド』より(字幕・吹替)

【英語原文】
I’ve been to millions of auditions. Do you want to know what happens? Either they interrupt me because someone ordered a sandwich, or I’m crying and they start laughing, or people are sitting in the waiting room who look prettier and better than me, I’m probably not good enough.

【日本語字幕】
何百回も受けたけど / いつも同じよ
くだらない理由で中断 / 泣く演技で審査員が笑う
控室にはーー
私より美人で / できそうな子ばかり
私は才能ない

【日本語吹替】
百万回も受けてきた。いっつも同じ目にあう。誰かがサンドイッチを買うために中断されたり、泣く演技の時に突然大笑いされたり。控室にずらっと座っているのは、私よりずっときれいな子ばっかりよ。演技だってうまそうだし、私には才能がないの。

(『ラ・ラ・ランド』LA LA LAND/2017年/配給:ギャガ、ポニーキャニオン/字幕翻訳:石田泰子氏/吹替翻訳:桜井裕子氏)

まずは、アカデミー賞6部門受賞の極上ミュージカル映画から。

女優を夢見て何度もオーディションを受けては落ち続けるミアと、ジャズミュージシャンを目指しながら別の路線に切り替えて活躍を始めたセバスチャン。ここは、夢破れて実家に戻ったミアに、大きなオーディションのチャンスがあると伝えに来たセバスチャンとのシーン。ミアが早口で、もう頑張れない理由をまくしたてています。

尺が短いので、字幕ではサンドイッチのくだりを「くだらない理由で」バッサリ切って、短く的確に表現しています。一方、吹替はこの早い口の動きにピッタリ合ったリップシンク。どちらも見事な職人技にうならされました。

この映画は、全編に流れる美しい音楽と共に、ほろ苦いラストが印象的で、何度でも繰り返し観たくなる作品です。

2. 映画『ボヘミアン・ラプソディ』より(字幕・吹替)

【英語原文】
I decide who I am. I’m going to be what I was born to be. A performer… who gives the people what they want.

【日本語字幕】
俺が何者かは俺が決める
俺が生まれた理由 / それはーー
パフォーマーだ / 皆に望むものを与える

【日本語吹替】
生き方は決める、俺自身の手で。本来の自分らしく駆け抜けてやる。パフォーマーとして望まれるものを与えるまでだ。

(『ボヘミアン・ラプソディー』Bohemian Rhapsody /2018年/配給:20世紀フォックス映画/字幕翻訳:風間綾平氏/吹替翻訳:瀬尾友子氏))

こちらも、超話題作となったミュージック・エンターテインメント。イギリスのロックバンド「クイーン」のボーカリスト、フレディ・マーキュリーの半生を描いた映画です。

取り上げたのは、エイズに罹ったフレディがバンドの仲間にそれを打ち明けるシーン。誰の同情も要らない、残りの時間はすべて音楽に捧げたいというフレディの強い思いがあふれています。2文目は文法的にはシンプルですが、訳しにくい文です。字幕は次の「パフォーマー」に繋がるように自然に、吹替は大胆な意訳で思いを伝えていて、どちらも見事。

懐かしい音楽が流れる中、当時華やかなステージの裏側で何が起きていたのかを知ることができ、感動しました。また字幕翻訳者が恩師だったこともあり、何度も観て字幕を勉強させていただいた作品です。

3. 映画『Tar/ター』より(字幕・吹替)

【英語原文】
Lydia Tar: Oh, no. When did this happen?
Francesca: Day before yesterday. That email she sent you, it felt like she was already…
Lydia Tar: Delete it. And the rest.

【日本語字幕】
リディア・ター:まさか… いつ来たの?
フランチェスカ:一昨日です 内容から すでに彼女は…
リディア・ター:削除して 残りも全部

【日本語吹替】
リディア・ター:やだウソ。これ、いつのこと?
フランチェスカ:一昨日のことです。あなたに送ってきたあのメールですが、もう覚悟を決めて…
リディア・ター:削除して。残りも。

(『TAR/ター』Tár/2022年/配給:ギャガ/字幕翻訳:石田泰子氏/吹替翻訳:不明 *Netflix配信の吹替を参照)

世界的オーケストラで女性として初めて主席指揮者となったリディア・ターは、実力もある一方でさまざまな人を踏み台にしながらのし上がってきた人物。かつての教え子クリスタも犠牲者の一人。これは、そのクリスタが自殺したことを伝えに来たアシスタントとの会話です。

この映画は、衝撃的で「え?」となるラストが話題となりましたが、一方、主人公ターの男性的な口調もネット上で話題になりました。劇場版、Blu-ray共に石田泰子さんの字幕は、普通に女性の言葉遣いで読みやすかったのですが、指摘されたWOWOW版では「~なんだ」「~だろ」とずっと男性言葉だったようです。

現在、Netflixで観られる字幕も劇場版とは別のもので(翻訳者不明)、やはり男性言葉。上記ターの最初のセリフも「ウソだろ?」となっています。ターは、確かに男並みにマエストロとして活躍し、同性愛者で養女にも「パパ」と呼ばせる人ですが、演じているのはケイト・ブランシェット。あくまで女性なので、完全な男性言葉だとやはり違和感があります。

ですが、字幕でよく使われる「~よ」「~だわ」といった女性言葉が、ふだんあまり聞かれなくなったことも事実で、最近は「~だよ」というニュートラルな字幕も増えてきました。役割語については、これから時代と共にどんどん変わっていくでしょう。この作品は、その変化の先駆けとして一石を投じたと言えるかもしれません。

映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*

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浦田貴美枝
浦田貴美枝Kimie Urata

2019年、字幕翻訳者としてデビュー。主な字幕翻訳作品に、映画『フィードバック』(2020)、『ザ・ビーチ』(2021)、『ワーニング 地球最後の日』(2022)、『イビルアイ』(2023)、ドラマ『令嬢アンナの真実』『エコーズ』(Netflix)、『クリミナル・マインド』(Disney+)、『君のハートを捕まえろ』(Amazon Prime)などがある。2025年より実務翻訳者としても活動。現在、東京都のウェブマガジン『TOKYO UPDATES』に翻訳文掲載中。