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映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の執筆者は、英日吹替翻訳者のスターミー亜耶さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
英日字幕・日英字幕・吹替、3種類のフレーズを紹介!
こんにちは、吹替翻訳者のスターミー亜耶と申します。
最近は昔の邦ドラマを英字幕付きで見返すのにハマっています。翻訳は吹替を専門に行っていますが、日本語字幕で作品を視聴するのも好きで、いつも吹替版と字幕版、それぞれの良さを噛みしめています。
今回はせっかくなので、英日字幕、日英字幕、吹替、とバラエティーに富んだラインナップで素敵だなと思った訳をご紹介したいと思います。
1. 映画『モアナと伝説の海2』より(英日字幕)
【英語原文】
And then someone came along. Someone I underestimated. And she lifted me up.
【日本語字幕】
ある子が現れた その小娘が自信を取り戻させてくれた
(『モアナと伝説の海2』Moana 2/2025年/配給:ディズニー/字幕翻訳:中沢志乃氏)
こちらは、落ち込んでいるモアナをマウイが励ましているシーンのひとコマです。
この“underestimated”という言葉、吹替翻訳者としては「甘く見てた」「見くびってた」「なめてた」「軽く見てた」などがパッと頭に浮かぶのですが、どれも字幕に入れるには長いですね。
このセリフを英語で聞いたときに「ここは情報量を削るのかな?」と思ってみていたら、なんと「小娘」という二文字でキレイに表現されていて脱帽しました。マウイのキャラクターにも合っていますし、情報を削ることなくキャラクターの雰囲気も反映させた美しい字幕だと思います。
吹替は、字幕より字数制限が厳しくないため、語尾や口調でキャラクターを表現できる楽しさがあると常々思っているのですが、限られた文字数の中でキャラクターに命を吹き込んでいくのは字幕ならではのやりがいがある挑戦かもしれませんね。
2. ドラマ『やまとなでしこ』(第1話)より(日英字幕)
【日本語原文】
中原:四時起きで河岸へ
佐久間:仮死状態の患者が運び込まれて四時間にわたる大手術でしたが、この中原が見事に蘇生させました。
【英語字幕】
Mr. Nakahara: I woke up at four to the sea.
Mr. Sakuma: He was “seeing” a patient in critical condition. It was a long operation that took four hours. But incredibly, Nakahara here was able to revive the patient.
(『やまとなでしこ』/2000年/フジテレビ/字幕翻訳:Kiko Morita氏 ※Netflix配信の字幕を参照)
日英字幕は、日本で2000年に放送されたTVドラマ『やまとなでしこ』より。
第1話の、医師である佐久間がセッティングした女性客室乗務員との合コンでのシーン。男性側は全員医師であることにしているのですが、魚屋の店主の中原がうっかり魚屋であることをばらしてしまいそうになった場面のセリフです。
「河岸」と言ってしまったのを、佐久間が「仮死状態」と誤魔化そうとしています。こういった音が同じ言葉を使った言葉遊びや冗談は翻訳者泣かせ、そして翻訳者の腕の見せ所となりますが、今回は河岸を“Sea”として患者を診るの“See”と合わせています。
河岸は“Fish Market”と訳語を当てることが多いと思いますが、字幕の字数制限をカバーしつつ、原音の誤魔化し具合も表現した素晴らしい訳だなと思いました。
フォローやカバーのトーンも元の言語と同じに合わせないといけませんので、あまり上手すぎてもよくなく、かといって無理があり過ぎるのもダメという、こういうギリギリのラインが実は一番難しいなと常々思います。
3. 映画『ライオン・キング:ムファサ』より(吹替)
【英語原文】
One gentle reminder: we are not food.
【日本語吹替】
俺たちは食べ物じゃないよ、そこんとこよろしく~
(『ライオン・キング:ムファサ』Mufasa: The Lion King/2024年/配給:ディズニー/吹替翻訳:佐藤恵子氏)
これぞ吹替翻訳! なセリフではないでしょうか。
ミーアキャットのティモンが物語の冒頭でイボイノシシのプンバァにまたがり駆け回りながら、他の動物たちに明るくアナウンスするシーンです。映像の躍動感とティモンのキャラクターにピッタリで、聞いた瞬間に思わず笑ってしまう最高な翻訳だと思いました。
また、“One gentle reminder”を「そこんとこよろしく~」とするセンスに思わず唸ってしまいました。これは字幕では字数制限に引っかかりとても出せません。この作品は全体を通して翻訳が素晴らしく、同じ吹替翻訳者として学ばせていただこうとメモの準備もしたのですが、翻訳がおもしろすぎ、かつ滑らかすぎて映画に没頭してしまい、結局メモを取っていたのはこの最初の一文だけでした。
動物の口なので尺合わせなども大変だったと推測しますが、そこもパーフェクトで、私が理想とする吹替翻訳の要素が詰め込まれておりました。正直、この翻訳者様でなかったらここまでこの映画が大好きになっていたか分かりません。それくらい、心に刺さった翻訳でした。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
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英日吹替翻訳者。イギリスはオックスフォード在住。イギリス文化及びユーモアへの理解、現地でしか手に入らない情報のスピード感を武器に、主にイギリス作品の吹替翻訳を担当。主な翻訳作品に『ドクター・フー(シーズン12以降)』、『ハートストッパー(シーズン1・2)』、『セックス・エデュケーション(シーズン3・4、共訳)』、『Tick, tick... BOOM!: チック、チック…ブーン!』、『ウェントワース女子刑務所(シーズン8、共訳)』などがある。