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2023.09.26 UP

第4回 齋藤由貴さん:映画『ベイビー・ブローカー』ほか の字幕を語る!

第4回 齋藤由貴さん:映画『ベイビー・ブローカー』ほか の字幕を語る!

映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の著者は、韓日字幕翻訳者をめざして勉強しつつ、韓国ドラマの脚本翻訳などで活躍されている齋藤由貴さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka

韓国語映画の注目したい字幕を紹介!

こんにちは。画家として活動しながら韓日字幕翻訳者をめざして修行中の齋藤由貴と申します。

新人翻訳者の私が「先輩、さすがです!!」と感嘆した韓国映画の字幕をご紹介します。
※原文が韓国語のため、英訳も記載しています。

1. 映画『ベイビー・ブローカー』より(字幕)

【原文(韓国語)】
동수:엄마가 너랑 빨리 바이바이 하고 싶단다.
소영:혼자서 얘 키운게 얼마나 힘든지 알아?

(英訳)
DONGSU:Your mom wants to say goodbye to you quickly.
SOYOUNG:Do you have any idea how hard it is for me to raise him by myself?

【日本語字幕】
ドンス:ママが早くバイバイしたいって
ソヨン:ワンオペは大変なの

(『ベイビー・ブローカー』브로커 英: Broker/2022年/配給:ギャガ/字幕翻訳:根本理恵氏)

是枝裕和監督が2022年に韓国で製作した映画「ベイビー・ブローカー」。
字幕翻訳は、韓流ブームが起こる前から韓国作品の翻訳を数多く手がけられており、韓日字幕翻訳の第一人者である根本理恵さんです。どのシーンも「すごい!」と思う字幕ばかりなのですが、今回はこちらのフレーズを選びました。

これは赤ちゃんの母親であるソヨンが、ブローカーのドンスに詰め寄るシーンです。直訳すると「一人で子供を育てることがどれだけ大変か分かる?」という少し回りくどい台詞。【一人で子供を育てること=ワンオペ】にすることにより、とてもスッキリとした字幕になっています。

“ワンオペ”という言葉は2014年頃から耳にするようになった気がしますが、社会問題に関する用語として完全に定着しましたね。社会とともに字幕も柔軟に変化していくのだなと感じました。

2. 映画『ドリーム 〜狙え、人生逆転ゴール!〜』より(字幕)

【原文(韓国語)】
창렬:“죽어도 좋다”하고 뛰는데 저 앞에 가는 놈은 그만큼 또 멀어져.
못 따라가는 거지 못한는 건 아닌데
조금 처진다고 낙오되면 잡아줘야죠. 축구를 앞에 가는 놈 혼자 하나?

(英訳)
CHANGRYUL:Even when running for my life, the player in front of you will be far away.
I can’t keep up, not that I can’t.
Even if things go down a little, you have to pull them up when they fall. Is soccer only played by those in the lead?

【日本語字幕】
チャンリョル: どんなに追いかけても前を行くヤツは離れていく
努力不足ではないんです
倒れた者を支えてやって みんなでプレーしなきゃ

(『ドリーム 〜狙え、人生逆転ゴール!〜』드림 英:Dream/2023年/配給:PLUS Mエンターテイメント/字幕翻訳:江波智子氏)

2023年4月に韓国で劇場公開され、7月にNetflixで各国に配信された映画です。
2010年に韓国が初出場したホームレス・ワールドカップの実話を基にした作品。

こちらは主人公ホンデのチームメイトであるチャンリョルが、ホンデの頑張りやスポーツの難しさについて語るシーンです。
長めの台詞なのですが、私が特にグッと来たのが2行目の「못 따라가는 거지 못한는 건 아닌데」の訳。直訳は「ついていけないだけだ できていないわけではない」という感じでしょうか。20文字以上の言葉が「努力不足ではない」に見事に集約されており、チャンリョルがホンデを思いやる心までも表現されていて、優しい気持ちになります。

3. 映画『あしたの少女』より(字幕)

【原文(韓国語)】
선생님:다 이야기 해봤어.

(英訳)
Teacher:I told everything.

【日本語字幕】
先生:うまく取りなした

(『あしたの少女』다음 소희 英:Next Sohee/2023年/配給:ライツキューブ/字幕翻訳:福留友子氏)

こちらは2017年に韓国で起きた実際の事件をモチーフにした映画で、日本では2023年8月25日に公開されました。先日劇場で観てきたばかりです(※記事公開時。原文は劇場内で聞き取ったものです)。女子高生のソヒが実習先での過酷な労働環境に疲弊し、自死へと追い込まれていく姿が痛々しいほど丁寧に描かれています。

ワンフレーズのみの紹介ですが、こちらは実習先でトラブルになって謹慎中のソヒが、担任教師から説教を受けるシーンです。担任が、ソヒの代わりに実習先で弁明してきたことを表す台詞ですが、直訳すると「すべて話した」のみ。この一言では日本語としてうまく伝わらないため、分かりやすく、かつソヒを精神的に追い詰めるような台詞にする必要があるのかなと思いました。担任の恩着せがましさも表現した「取りなした」という表現は、このシーンにぴったり。ワンフレーズですが、感情がギュッと凝縮された字幕の素晴らしさに感動しました。

素晴らしい作品を、翻訳でもっと愛してもらえるように、私も日々ことばの鍛錬を続けようと思います!

映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*

★「映像翻訳者が選ぶ この字幕&吹き替えに注目!」連載一覧はこちら

齋藤由貴
齋藤由貴Yuki Saito

北海道札幌市在住。韓国アイドル好きが高じてほぼ独学で韓国語を習得し、2018年にソウルへ語学留学。「さっぽろ字幕翻訳スクール」を修了後、2023年5月から韓国ドラマの脚本翻訳やインタビュー映像の韓国語での書き起こしなどに携わる。大学時代は油彩画を専攻し、現在は画家として活動しながら韓日字幕翻訳者をめざしている。
Webサイト:https://yuki-saito.com/