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2023.05.25 UP

第5回 目的言語・手段言語・交流言語
「何のために外国語を学ぶか」

第5回 目的言語・手段言語・交流言語<br>「何のために外国語を学ぶか」

英語のみならず、独語、仏語、西語、伊語、中国語を独学で身につけ、多言語での読書を楽しんでいるという作家・翻訳家の宮崎伸治さんに、多言語学習の魅力を余すところなく語っていただきます!

外国語学習の3つのタイプ「目的言語・手段言語・交流言語」

言語・文化・民族を知るために学ぶ「目的言語」

前々回と前回のコラムで、世界にはどんな言語があるのか見てきました。

今回は、私たち日本人はどういう理由で外国語を学ぶのかを考察してみましょう。

この点に関し、言語学者の鈴木孝夫氏は言語のタイプを三つ紹介しています。すなわち、目的言語、手段言語、交流言語です。

目的言語とは、その言語を使ってその言語を話す国の人相手に商売をしようと思っているとか、その国の歴史、風俗、芸能などに興味をもって研究したいと思っている人が学ぶ言語です。その言語を学ぶ目的がその言語を話す国やその国の人々に密着しているのが特徴です。

例えば、ペルシャ文化に興味があり、ペルシャ文化の研究者になりたいという人ならペルシャ語を学ぶのは最も有効な手立てでしょう。日本語だけでもペルシャ文化を研究することはできるでしょうが、限度があることは明らかです。英語を通せばペルシャ文化のことを格段に広く研究できるでしょうが、それでもペルシャ語をマスターし、ペルシャ語原文を解読したり、ペルシャ語会話を通したりしてペルシャ文化を理解することから比べれば、どちらがより良い研究ができるかは一目瞭然です。

ただ、目的言語は他の用途に応用がきかないという側面があります。先の例でいえば、ペルシャ語をマスターした場合、ペルシャ文化の研究には役立つかもしれませんし、ペルシャの人々との交流にも役立つかもしれませんが、日本にいる限りはそれ以外の目的はあまり達成できそうにありません。

ちなみに鈴木氏は、日本人にとって目的言語となるものの例としてロシア語、アラビア語、マレー・インドネシア語、スペイン語などを挙げています。

技術や知識の習得に必要な「手段言語」 コミュニケーションに使う「交流言語」

手段言語とは、その言語を話す国やその国の人々に興味はないけれど、その言語で書かれた書物を読む必要があるからという理由で学ぶ言語のことです。つまり、その言語そのものには興味はないけれど、普遍的な技術や知的文化的情報を手に入れるための手段として必要な言語というわけです。

私の解釈を入れれば、大学院入試の受験科目に入っているからというだけの理由で、例えばドイツにもドイツ人にも興味はないけれどドイツ語を学ぶという場合は、ドイツ語が大学院に合格するための「手段」になっているわけですから、手段言語といえるでしょう。

鈴木氏は手段言語の例としてドイツ語やフランス語を挙げ、「フランス語やドイツ語で書かれた書物の中に、長年にわたって蓄積されてきた、いろいろな学問知識や進んだ技術の情報などを日本に取り入れるための手段として、多くの人がこれらの言語を学んで、日本の近代化に貢献したのです」と述べています。

ただ、例えばドイツ文化が学びたいからという理由でドイツ語を学んでいる人にとって、ドイツ語は「目的言語であると同時に手段言語」にもなっているわけで、手段言語だから目的言語になりえないということはありません。

目的言語、手段言語のほかに交流言語というのがあります。ほとんどの日本人にとって交流言語に相当するのが英語です。これは文字通り他者と「交流」するときに使う言語という意味です。日本人が英語のノンネイティブスピーカーと交流するときに使うのは英語が最有力候補でしょう。ただし、英語は交流言語と同時に目的言語にも手段言語にもなりえます。

目的言語、手段言語、交流言語の性格をわかりやすいように一覧表であらわすと次のようになります。

     目的  手段  交流
目的言語  〇   ×   ×
手段言語  △   〇   ×
交流言語  △   △    〇

(「〇」はその言語の性格そのものを、「△」はそれが「可能」であることを、「×」はそれが「不可能に近い」ことを表わしています。例えば、「手段言語」の「目的」が「△」となっているのはその言語を学ぶことそのものを「目的」として学ぶことが可能であることを、「手段言語」の「交流」が「×」になっているのはそれで「交流」をはかることが「不可能に近い」ことを表わしています。)

では、あなたが英語以外の言語を学ぶ場合のことを考えてみましょう。

すでに目的言語があるという人なら、それを学び続けるのがいいでしょう。例えば、ロシアに興味があるという人なら迷わずロシア語、韓国人相手に商売を始めたいのであれば韓国語です。目的がしっかりしているためモチベーションも強いでしょう。

では、そのような目的言語を持っていないという人はどうでしょうか。その場合は、やはり手段言語を学ぶことになります。ただ、手段言語(つまり本来はその言語にもその言語を話す人々にも関心はないが、とりあえず何かの手段を達成するための言語)としては、英語が断然威力がありますから、英語以外の言語を学ぶとしたら、それなりの強い動機が必要となるでしょう。

今回は、私たち日本人がどういう理由で外国語を学ぶかを考察してみました。次回は、では英語以外の言語を「手段言語」として学ぶとしたら何語を学べばいいのかに関して私の見解をお話ししてみたいと思います。

★前回のコラム

作家・翻訳家 宮崎伸治
作家・翻訳家 宮崎伸治Shinji Miyazaki

著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)などがある。ひろゆき氏など多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html