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2024.07.24 UP

第33回(最終回) 日本人はいくつの言語まで“学ぶ”ことができるのか

第33回(最終回) 日本人はいくつの言語まで“学ぶ”ことができるのか

英語のみならず、独語、仏語、西語、伊語、中国語を独学で身につけ、多言語での読書を楽しんでいるという作家・翻訳家の宮崎伸治さんに、多言語学習の魅力を余すところなく語っていただきます!

一人の人間が学ぶことができる言語の数は?

世界には数千もの言語が存在していると言われていますが、人間、いったい何言語まで学ぶことができるのでしょうか。そして、実際、何言語まで学んだ人がいるのでしょうか。みなさん、想像してみてください。

ただ、この問題を考察する際に一つ重要なことがあります。それは一口に“人間”といっても、日本人と外国人を同列に考えてはならないということです。というのも、母国語が似通った言語をたくさん持つ言語の場合は芋づる式に次々と外国語を学ぶことが可能だからです。

例えば、英語を学んでおけば、同じインド・ヨーロッパ語族のゲルマン語派に属するドイツ語やオランダ語は英語と似通っているため、学習しやすいのです。人間関係に喩えて言えば、まるで“兄弟”のように似ています。「ミルク入りコーヒー」のことを英語ではmilk coffeeといいますが、ドイツ語ではMilchkaffeeといいますが、そっくりでしょう? 

同様にフランス語、スペイン語、イタリア語は同じインド・ヨーロッパ語族のイタリック語派に属しますので、そのうち一つを学んでおけば、その他の言語は学習しやすいのです。

ついでに言えば、「英語、ドイツ語、オランダ語」はインド・ヨーロッパ語族のゲルマン語派、「フランス語、イタリア語、スペイン語」は同語族のイタリック語派ですが、ゲルマン語派もイタリック語派も同じ語族に属するがゆえ、お互い似ていることは似ています。人間関係に喩えて言えば、“兄弟”までは似ていませんが、“いとこ”くらい似ているといっていいでしょう。ですから英語を学んでおけば、フランス語、イタリア語、スペイン語も学びやすいことは学びやすいのです。実際、ヨーロッパには4、5カ国語できる人がたくさんいますね。それは母国語と似通った言語が習得しやすいからだと言えます。

しかし日本語は似通っている言語がないので、外国語を一つ学ぶだけでも大変です。そういうわけで、ここでは日本で生まれ育った日本人に限定して考えてみましょう。

さて、いかがでしょうか。日本人はいったい何言語学ぶことができるのでしょうか。10言語? 20言語? 30言語? いやいや、そんなものではありません。なんと100言語以上学んだという日本人がいます。世界中の言語を楽しく学ぶを著した井上孝夫氏がその人です。

世界中の言語を楽しく学ぶ
井上孝夫 著『世界中の言語を楽しく学ぶ』(新潮新書) 。
井上氏は東京大学文学部言語学科卒業、新潮社校閲部・前部長。長年にわたり出版物の校閲に携わり、校閲講座の講師もつとめる。

8つの外国語でフーフー言っている私からすれば、100言語以上と知ったときは、一瞬、眉唾物のように思えました。だって1日1言語のローテーションで学ぶとしても、100言語も学ぶとなれば、1年間毎日学んでも3~4周しかできませんよね。つまり1言語あたり1年で3~4日しか学べないわけですが、それでマスターできる言語があるとは到底思えなかったからです。

ただ、同書をよく読んでみると、彼は「学んだ」とは言ってはいるものの、「マスターした」とは言っていません。それなら不可能ではなさそうです。もっとも極めて困難であることには違いがありませんが……。むしろ「学んだ」という言葉を使っている彼の謙虚さが他の著者と違って好感が持てますし、信頼もできます。

多言語学習の道はつづく!

さて、そんな彼、自分自身の語学学習についてどう思っていたのでしょうか。同書から引用してみましょう。

彼は「数だけはやたら多いものの、徹底的にこの言語をやった、というものは無く、とにかく一度目を通しておきたい、というかなり気まぐれな興味で勉強した(p.54)」のだそうです。そして100言語以上勉強した結果、「一人の人間に出来ることには限りがあります。どんな言語でも打てば響くように理解できる、というのはまず不可能。プロレベルの通訳・翻訳がしたいなら一言語に範囲を絞るべき(p.82)」とか「多少理解できる程度の言語や、文法を再利用可能な形でまとめただけの言語の数をいくら増やしても、まれに仕事で調べる必要が出たら役立つかもしれないが、それだけのこと(p.100)」と結論づけています。

「プロレベルの通訳・翻訳がしたいなら一言語に範囲を絞るべき」という意見には同感しますが、ただ、外国語を学ぶことは単にお金儲けにつなげることだけが目的ではないはずです(しかも出版社の校正の仕事をしている彼自身、外国語の書籍を制作する上で外国語の知識が役に立つことが多かったと述懐しているとおり、お金儲けにも直結しているのです)。ですから「多少理解できる程度の言語や、文法を再利用可能な形でまとめただけの言語の数をいくら増やしても、(中略)それだけのこと」と多言語学習の価値を過小評価しなくても良かったのではないかと思いますね。

かくいう私自身は、多言語を学ぶことは新たな思考方法に触れる絶好の機会になりうると信じているので、たとえ他人から奇人に思われようが、今後も学習し続けていくつもりです。何言語まで伸ばせるかって? それは乞うご期待!

 

さて、「翻訳家が語る 多言語学習の魅力」を長らく連載させていただいておりましたが、今回が最終回となります。読者の方々、おつきあいくださり、ありがとうございました。またいつかどこかで「再開」できる日を楽しみしております。

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作家・翻訳家 宮崎伸治
作家・翻訳家 宮崎伸治Shinji Miyazaki

著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)などがある。
数々の文学賞を受賞した「わかつきひかる先生」のyoutubeに初登場!【文筆サバイバー】失敗を環境のせいにしない!8か国語を操るベテラン翻訳家の生存戦略:ゲスト宮崎伸治先生 https://youtu.be/2l4kF7k_61Y?si=PxaByPCGjatRaXGV
内容は、多言語学習者が明かす語学上達の秘訣、アベマで対決! ひろゆき氏との「アレ」の話、翻訳家・作家へ目指す人へ贈る言葉、聖書英語なぞるだけなど盛りだくさん。