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2024.06.18 UP

第32回 日本人は「すやすや」眠り、韓国人は「セグンセグン」眠る

第32回 日本人は「すやすや」眠り、韓国人は「セグンセグン」眠る

英語のみならず、独語、仏語、西語、伊語、中国語を独学で身につけ、多言語での読書を楽しんでいるという作家・翻訳家の宮崎伸治さんに、多言語学習の魅力を余すところなく語っていただきます!

言語が変われば「擬音語・擬態語」も変わる

「オノマトペ」という言葉、ご存じでしょうか。ある言語学者はそれを「感覚イメージを写し取る、特徴的な形式を持ち、新たに作り出せる語」(『言語の本質』、今井むつみ/秋田喜美 著、中央新書、6ページ)と定義していますが、平たく言ってしまえば、擬態語・擬音語のことです。例を挙げれば、「ガンガン」「こそこそ」「ワンワン」「ニャーニャー」「ズキズキ」「オロオロ」などたくさんあります。

さて、こうしたオノマトペですが、『言語の本質』(中公新書)を読むまでは、どの言語も似たり寄ったりではないかと思い込んでいまいた。例えば、猫の鳴き声は日本では「にゃ~」ですが、英語では“meow”、ドイツ語とスペイン語では“miau”、フランス語では“miaou”、イタリア語では“miao”です。猫の鳴き声が場所によって大きく異なることは想像しにくいので、似ているのは自然なことだと思っていまいた。

猫の鳴声ほど似通ってはいませんが、日本の「コケコッコー」が英語では“cock-a-doodle-doo”というのも、違うといえば違いますが、首をかしげるほど違うというわけでもないので、全般的にオノマトペはどの言語も似たり寄ったりだろうと思い込んでいたのです。

擬音語の例
「鶏の鳴き声」の各国語の擬音語例。

ところが、これがまったくの思い違いだったのです。まず驚いたのが、オノマトペがたくさんある言語もあれば、少ない言語もあるということ。それについて理由を説明しましょう。

アメリカの言語学者レナード・タルミーによれば、言語は「動詞枠づけ言語」「衛生枠づけ言語」の2つに大別され、前者は様態を表すためにオノマトペを必要とするが、後者は動詞本体に様態情報が含まれる傾向があるためオノマトペを必要としないのです。日本語は前者に、英語は後者に該当し、ゆえに日本語は英語にはないオノマトペが非常に多いのです。

「動詞枠づけ言語」と「衛生枠づけ言語」という言葉は難しいですね。そこで例を挙げて説明しましょう。

例えば、日本語の「歩く」「走る」という言葉に相当する英語は、“amble”(のんびり歩く)、“tiptoe”(抜き足差し足でそろりそろりと歩く)、“sashay”(しゃなりしゃなり歩く)、“stroll”(ぶらぶら歩く)、“swagger”(ずんずん歩く)、“toddle”(よちよち歩く)など140以上もあると言われています(『言語の本質』160ページ)。
英語では「様態情報」は動詞に組み込まれているので、体系化されたオノマトペ語彙を持たないからこのようにたくさんの動詞が必要になるのですが、オノマトペが豊富な日本語はオノマトペで様態を表すことができるため「歩く」「走る」くらいしか動詞がなくてもすむのです。

日本語とはまったく異なるオノマトペもある

もう1点の“驚き、桃の木”は、言語によってオノマトペそのものがかなり異なるということです。
例えば、インドネシアのカンベラ語で「ンブトゥ」は思い重いものが落ちた音、南米のパスタサ・ケチュア語で「リン」とは土、木、水、火などに差し込む様子、中央アフリカのバヤ語で「ゲンゲレンゲ」は痩せこけた様子、南アフリカのツワナ語で「ニェディ」はきらめく様子を表します(『言語の本質』9~10ページ)。

そこで、あっと驚くようなオノマトペをここでご紹介したいと思います。
といっても、世界中の言語のオノマトペをすべて網羅することは不可能ですので、ここでは韓国語のオノマトペを紹介したいと思います。韓国語はオノマトペが多く、日本語では約2,000といわれるオノマトペが韓国語では約5,000もあるそうです。『絵でわかる韓国語のオノマトペ 表現が広がる擬声語・擬態語』(白水社)には韓国語のオノマトペがたくさん紹介されていますので、関心のある人にはおすすめです。

韓国語のオノマトペを紹介!

●日本語のオノマトペと似通ったもの
日:シャンパンの栓を「ぽん」と開ける→ 韓:シャンパンの栓を「ポン」と開ける
日:「わんわん」泣く→ 韓:「オンオン」泣く
日:馬が「ヒヒーン」と鳴く→ 韓:馬が「ヒヒヒン」と鳴く

●日本語のオノマトペとかなり異なるもの
日:「すやすや」眠る→ 韓:「セグンセグン」眠る
日:「ぞっと」する→ 韓:「ウスス」する
日:「きょろきょろ」する→ 韓:「トゥリボンドゥリボン」する

●日本語に相当するオノマトペがないもの
韓:「チャグンチャグン」(落ち着いて、また、念入りに物事をする様子)
韓:「トゥムントゥムン」(時間的に頻繁ではなくまれな様子)
韓:「スルル」(いつの間には眠りに引き込まれる様子)

日本語に相当するオノマトペがない韓国語のオノマトペを訳すとき、韓日の翻訳者はどう翻訳するのでしょうか。
私は英日翻訳家ですが、きっと英日翻訳家には知りようのない苦労が韓日翻訳家にあるのだろうなぁ~と思う今日この頃です。

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作家・翻訳家 宮崎伸治
作家・翻訳家 宮崎伸治Shinji Miyazaki

著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)などがある。ひろゆき氏など多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html