英語のみならず、独語、仏語、西語、伊語、中国語を独学で身につけ、多言語での読書を楽しんでいるという作家・翻訳家の宮崎伸治さんに、多言語学習の魅力を余すところなく語っていただきます!
3つの名詞の性と冠詞の変化
ドイツ語は大学に入学して初めて学習し始めましたが、英語の比ではないほど複雑なドイツ語文法の前に学習開始早々、意気消沈。必須科目だったので単位を取れる程度にはがんばったものの、苦手意識だけが残ったまま大学を卒業するに至りました。
では、ドイツ語の何がどう複雑なのか。挙げればたくさんあるのですが、まず初心者が最初に驚愕するのがドイツ語の名詞に男性名詞・女性名詞・中性名詞の区別があり、その区別によって付ける冠詞が変化するということでしょう。しかも複数形も冠詞の形は変わるのです。もう~、複雑すぎて覚えられない!
ドイツ語を学んだことがない人のために、わかりやすく日本語の定冠詞「その」に当てはめて説明しましょう。日本人なら誰もが知っているとおり、日本語の「その」はその次に続く名詞によって「そにょ」になったり「そま」になったり「そんの」になったり「そぽ」になったりはしませんよね(なったら大変だ!)。しかし、ところがドイツ人はそういうことを意図も簡単にやってのけているということなのです。
次のドイツ語の定冠詞の格変化表を見てみてください。
1格、2格、3格、4格というのは区別されていても、まあ文句は言いません。それらは日本語の「が」「の」「に」「を」に相当するのであって、日本人も「が」「の」「に」「を」を自由に使い分けているのですから…。もしかしたら外国人から見れば、「が」「の」「に」「を」を使い分けられること自体が驚愕すべきことかもしれませんし。
1格、2格、3格、4格と「が」「の」「に」「を」を対比させると次のような表になります。
でも日本人が「が」「の」「に」「を」を使い分けているといっても4種類だけです。その点、ドイツ語では、der, des, dem, den, das, dieと6種類もあるのです。4種類と6種類とでは大差ないじゃないかという人もいるかもしれませんが、ドイツ語の場合、男性、中性、女性、複数でそれぞれ活用が異なるのです。それがどうも私には覚えにくいのですね。
長年ドイツに住む外国人でも難しいようで・・・
ドイツ語の初学者がまず覚えさせられるのが先ほどの格変化表です。大学に入学して新しい友達ができたとき、よく聞く質問に「第二外国語、何取っているの?」がありますが、「ドイツ語」と答えると、必ずといっていいほど、「ああ、あのder, des, dem, denだろ、ハハハハ」といった反応が返ってきます。みんな、この一覧表に苦労しているのでしょうね。
私はもうこの段階でドイツ語が苦手になってしまいました。女性のdie, der, der, dieだけは覚えやすいのですが、それ以外がどうしても覚えられなかったのです。その数十年後の今、何の因果か、ドイツ語のマンツーマンレッスンを受講しているのですから、人生、いつ何が起るかわかりませんね。
ドイツ語のマンツーマンレッスンのとき、未だにこの定冠詞の変化がうまく使い分けられない私は格変化表を指さしながらドイツ人の先生に向かってこうつぶやきました。
「日本語では1語で済むものを、ドイツ語では16通りにも区別するから難しいです」
すると彼は(ドイツ語で)こう返してきました。
「この格変化に苦労するのは日本人だけではないですよ。私の友人に、イタリアからドイツに移り住んできた人がいるんだけど、ドイツ在住20年になるのに、彼はいまだに苦労しているよ。彼は男性名詞・女性名詞・中性名詞なんかおかまいなしに、全部、dieを付けているよ、直す気もないみたいだよ」
(ええ! ドイツ在住20年なのにそれで済ましているの? そんなのでドイツで暮らせるの? その事実のほうが私にとっては驚きだよ!)
さすがにすべてをdieで押し通そうは思いませんが、逆にいえば、それでもドイツで暮らしている人もいるということは、日本に住む日本人である私はそこまで深刻に悩む必要もないということにしておきましょう。そうでも思わない限り、やってられませんわ(笑)。
著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)などがある。ひろゆき氏など多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html