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英語のみならず、独語、仏語、西語、伊語、中国語を独学で身につけ、多言語での読書を楽しんでいるという作家・翻訳家の宮崎伸治さんに、多言語学習の魅力を余すところなく語っていただきます!
ピリオドをつける? つけない?
全米トップの大学院で博士号を取得した大学教授でも知らなかった、あっと驚く、細か~い表記上の違いについて書いてみたいと思います。さて、あなたは知っていたかどうか、楽しみにお読みください。
29歳のときにイギリスの大学院に留学する決意をした私は、入学審査に必要とされる推薦状を大学時代のゼミの先生に書いてもらおうと思い立ち、先生の研究室を訪れました。ところが頼んでみると「サインだけはしてあげるから、推薦状の文書自体は自分で書いてきなさい」という返事。多忙を極める大学教授ですから、そういうことになるだろうと想定していました。そこで早速、自分で推薦状を書き、サインだけをもらいに再度、先生の研究室を訪れました。
アメリカ英語とイギリス英語はほんの僅かではありますが違いがあります。単語そのものが違うこともありますが、単語が同じでもスペリングが違うこともあります。例えば、アメリカではcenterと書くところ、イギリスではcentreと書きます。イギリスの大学院に留学するわけですから、当然、私はイギリス英語で推薦状を書き上げていました。それに目を通した教授、開口一番、「宮崎君、Mrの後にピリオド忘れているよ、注意しなきゃ~」と言ってきたのでした。
じつはアメリカ英語ではMr.とピリオドをつけますが、イギリス英語ではMrとピリオドは通常付けないのです。嘘だと思うのなら、イギリスの出版社が出している英語の本をパラパラとめくって見てください。私は何冊もの本で確認していますが、イギリスの出版社が出している本では、Mrのあとにはピリオドはありません。「ジーニアス英和大辞典」にも「主に英ではピリオドを省く」と書かれてあります。私がイギリス英語ではMrの後のピリオドは付けないことに気づいたのはいつだったのか忘れましたが、すでにそのときは当たり前のように知っていたのでした。
ところがアメリカの大学院出身の教授はそれを知らなかったのです。一流国立大学卒、かつ全米トップの大学院で博士号を取った方です。まだ留学もしていない20代の私が教授の勘違いを指摘するには勇気のいることでした。結局、指摘する度胸のなかった私は黙ったまま、教授の言うなりにピリオドを付けました。
原語によるいろいろな表記の違い
他にも表記上の違いで驚かされたことが何度かあります。その筆頭がカレンダー。例えば、「3/5」と書かれてあったら、日本人なら「3月5日」だと思うでしょう。しかし、イギリスでは「5月3日」という意味になります。つまり「月」と「日」が日本とは逆なのです。ではアメリカだったらどうか。同じ英語圏だからイギリスと同様、「5月3日」という意味なのかと思いきや、そうではなく、日本と同じなのです。ここがややこしいところですね。
イギリスに留学していたから実体験として知っているのですが、面白いことにイギリスに留学した日本人はしばらくすると、イギリス式にしたがって「月」と「日」を逆に書き始めます。例えば、9月8日だと「8/9」と書き始めるわけです。イギリスナイズされるわけですね。
あと驚くのが、ピリオドとカンマが日本とは逆な言語があることです。例えば、日本語では「千」のことを「1,000」、「十分の一」を「0.1」と書きますよね。でも、フランスでもドイツでもピリオドとカンマは逆なのです。つまり「千」は「1.000」、「十分の一」が「0,1」。
スペイン語を習っているとき、メキシコ人の先生が、「このテキスト、ピリオドとカンマが間違っていますね。ピリオドとカンマの位置はスペイン語と日本語は同じです」と教えてくれました。が、その後、ウルグアイ人の先生に尋ねてみると、スペイン語では日本語とは逆になると言います。つまり、同じスペイン語でもメキシコとウルグアイでは異なること、メキシコ人でも他の国で使われているスペイン語を熟知しているのではないということが推測できます。
最後にもう1つ面白い言語記号をご紹介しましょう。スペイン語では疑問文で「?」を使うとき、文の最初と最後に2つつけるのです。例えば、「あなたの名前は何ですか?」は「¿Cómo se llama usted?」となります。感嘆文につける「!」も同様に文の最初と最後に2つつけます。「なんて奇妙なの!」は「¡Qué raro!」となります。
さらに驚き桃の木なのは、アラビア語の場合は「?」が左右反対の「؟」となり、「,」は上下反対となり「،」、「;」が「 ؛」となることです。また、英語や横書きの日本語とは逆に、右から左に文章を書きます。ですから、例えば「助けていただけますか?」は下のように文の左端にクエスチョンマークがついた形となります。
(なんでなんで?)って驚く人もいるかも知れませんが、自分が当たり前と思っていることは世界では当たり前ではないこともあるってことで理解しましょう。そう、世界は広いのです。
著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)などがある。ひろゆき氏など多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html