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2025.07.17 UP

第20回 フィンランド ポリ
セルボ貴子さん(仕事編)

第20回 フィンランド ポリ<br>セルボ貴子さん(仕事編)
※『通訳翻訳ジャーナル』2025年SUMMERより転載

海外在住の通訳者・翻訳者の方々が、リレー形式で最新の海外事情をリポート! 
海外生活をはじめたきっかけや、現地でのお仕事のこと、生活のこと、おすすめのスポットなどについてお話をうかがいます。

セルボ貴子さん
セルボ貴子さんTakako Servo

広島県福山市出身。1歳で2階の階段から転げ落ち、2歳で三輪車に乗ったまま深いどぶに突っ込み、3歳で葬儀屋の車に爪先を轢かれるなど周囲をはらはらさせながら無事に平凡で幸せな中年後半に突入。国際協力分野へ進みたいとロンドン大学に修士号留学してフィンランド人の現・夫と出会い2001年に移住。日・英・フィンランド語の通訳・翻訳者として活動。息子2人。Wa Connection社共同パートナー。共著・訳書など8冊。

移住後に「スパルタ」方式でフィンランド語を習得

昔から海外で暮らすこと、働くことに憧れがあり、大学卒業後は3年間会社勤めをして留学費用を貯め、ロンドン大学の国際学と外交の修士コースへ進学しました。初日に同じコースにいたフィンランド人(現在の夫)から流暢な日本語で話しかけられたのがフィンランドとの出会いでした。卒業後は日本で再就職しましたが、夫との結婚を機に、2001年にフィンランド西部のポリ市に移住しました。

引っ越してからは、移民向けの中級コースで3カ月間みっちりとフィンランド語を学び、帰宅後は夫が毎晩小説のディクテーションと添削をしてくれました。夫は移住を機に私との会話も完全にフィンランド語のみに切り替えました。スパルタでしたが、日本語も英語も話す夫に甘えていたら、上達はなかったでしょう。テレビや新聞広告からも語彙を増やし、2年目にはなんとか本も読めるようになって、子育てをしながら翻訳者として開業しました。最初は日本の元職場から英⇔日翻訳の仕事を貰いつつ、フィンランド語→日本語の産業翻訳も受けるように。独学で通訳を学んで英⇔日通訳の仕事も始め、移住5年目頃からは、フィンランド語⇔日本語の通訳もしています。

2005年には、通訳・翻訳や取材・視察のコーディネートなど、日本とフィンランド間のビジネスをサポートする会社を夫と立ち上げました。

2025年1月、仙台市の訪問団がフィンランド オウル市を訪問した際の通訳を担当。
写真は大学病院でのICT活用事例の視察の様子(中央がセルボさん)。

通訳と出版翻訳を中心に活動中

現在は、通訳と出版翻訳の仕事を中心にしています。毎年割合は変わりますが、昨年は通訳の仕事が約8割でした。フィンランドでは多くの人が英語を話せますし、日本のお客様も英語ができる方が混じるので、日本語⇔英語の通訳依頼がほとんどです。日本語⇔フィンランド語通訳が必要とされるのは、教育や福祉などの分野で、お子さんや高齢の方が聞き手に多いときです。

企業の視察通訳などで同行する際は、フィンランド以外にも欧州各国を回り、その国の訛りに汗をかきながら仕事後の交流とグルメを楽しんでいます。挑戦の機会をくださるクライアントのおかげで「なんとかできる」分野も広がりましたが、世界は広く、未知の分野は無限にあります。昨年、化学関連の通訳で悔しい思いをしたことがあったため、今は基礎からやり直していて、北欧で一番その分野に詳しい通訳者になるという野望を抱いています。

思い出深い仕事をひとつ挙げるなら、2019年、日本・フィンランドの外交関係樹立百周年を記念した、秋篠宮皇嗣殿下ご夫妻のフィンランド公式訪問です。4日間通訳として同行し、大統領と殿下の通訳も担当しました。各訪問先の担当者や背景についても綿密に下調べをし、フィンランドの国の象徴の樹木「白樺」が上皇后美智子様のお印であることも暗記したり。その日々を乗り切った関係者の方々とは同志のような気持ちでした。

出版翻訳は、2014年のトーベ・ヤンソン生誕百周年の際に、翻訳会社を通じて評伝の翻訳依頼を受けたことから始めました。その後は、「北欧語書籍翻訳者の会」(*)が実施するイベントがきっかけで、『世界からコーヒーがなくなるまえに』(青土社)の翻訳出版が決まるなど、日本で出したいフィンランド語の本を探して紹介することにも力を入れています。

昨年は訳書『エジプト人シヌヘ』(みずいろブックス)が5月に出版されました。これは80年前の初版時に世界的なベストセラーとなったフィンランドで一番有名な小説なのですが、これまで日本語の完訳が出ていませんでした。ひとり出版社の「みずいろブックス」を立ち上げた岡村茉利奈さんとの出会いがあり、同書の翻訳出版を提案したところ、なんと岡村さんも英語版を読んでいたとのことで、晴れて出版が決定。900ページを超える長編のため、出版までにはそれから約2年半がかかりましたが、本当にすばらしい小説で、翻訳作業のすべてが宝物のような思い出です。

また、同じく昨年出た児童向けの書籍『世界取材! 世界のくらし(18)フィンランド』(ポプラ社)では、初めて監修を担当しました。フィンランドの衣食住をはじめ、伝統行事や文化、教育や社会について紹介する本です。書籍の仕事はおもしろく、人生後半の楽しみが増えるように感じています。これからも長く続けていきたいです。

*北欧語書籍翻訳者の会:北欧の出版翻訳者が有志で集まって活動している組織。互いに情報共有し、日本に未邦訳作品を紹介したり、翻訳者の待遇改善のために望ましい条件を発信したりしています(https://hokuougohonyakusya.wordpress.com/)。

これまでに出た共著、訳書、監修本。

法律で「コーヒー休憩」が定められている?

働くうえで日本と大きな違いを感じるのは、法律でコーヒー・ブレイク(kahvitauko)を設けることが決まっていることでしょうか。労使関係で組合の力が非常に強く、労働者の権利を守ることにかけては、たとえ数千億円でもそれ以上でも損害を出そうとストライキを決行します。自営業の私は関係ありませんが、雇用契約に守られている側はありがたいですね。というわけで午前・午後にコーヒー休憩が保障されています。それと同時に、会議に参加すると必ずと言っていいほど、コーヒーや紅茶、軽食が用意されているので、一日に複数の会議に参加すると、ほぼ空腹になる暇がないのでは? と思うほどコーヒーとケーキ、サンドイッチといったものを頂くことになります。フィンランドをはじめとする北欧諸国は1人当たりの年間コーヒー消費量が世界上位を占めていますが、会議で飲むコーヒーの量が影響しているに違いありません。

サイバーセキュリティ関連の国際的なセミナーにて、2日間にわたり同時通訳を行った舞台裏の通訳ブース。

<ある1日のスケジュール>

07:00 起床、30分間読書
09:00 ビデオ会議通訳など
11:00 買い物、昼食(食事は夫と交互に作る)
13:00 できる時はスイミングなど運動
14:00 翻訳などデスクワーク
17:00 夕食
*できるだけ家族そろって。セルボさんがアジア風、夫は洋風の食事を作ることが多い。
19:00 デスクワーク
23:00 就寝

通訳用のメモの山。Excelでも作成するが、手書きの方が記憶しやすいので、分野ごとに作成し都度書き足している。

*「ボーダレス通訳者・翻訳者通信」連載一覧はこちら