• 翻訳

2024.06.14 UP

第16回 アイスランド レイキャヴィーク
朱位昌併さん(仕事編)

第16回 アイスランド レイキャヴィーク<br>朱位昌併さん(仕事編)
※『通訳翻訳ジャーナル』2024年夏号より転載

海外在住の通訳者・翻訳者の方々が、リレー形式で最新の海外事情をリポート! 
海外生活をはじめたきっかけや、現地でのお仕事のこと、生活のこと、おすすめのスポットなどについてお話をうかがいます。

朱位昌併さん
朱位昌併さんShohei Akakura

アイスランド文学翻訳者。1991年生まれ。アイスランド首都レイキャヴィーク在住。訳書に『さむがりやのスティーナ』『世界ではじめての女性大統領のはなし』(以上、平凡社)のほか、『かいぶつかぜ』をはじめとした、かいぶつ絵本シリーズ(ゆぎ書房)。解説に、「第42 章:アイスランド写本の返還」村井誠人編『新版デンマークを知るための70 章』(明石書店)など。アイスランド公認ガイドも務める。

偶然選んだ留学先が
火と氷の国だった

大学の学部生だった頃、漠然とどこか遠い国に留学したいという思いがありました。そこで、たまたま候補地にあがったのがアイスランドでした。最初はどういう国かまったく知らなかったので、ひとまず地理や公用語などを調べ、アイスランドの作家による小説の邦訳書を読んでみて、とりあえず留学してみることに決めました。アイスランド語を学びはじめたのは、留学を決心してからです。

1年弱の留学の後は日本の大学を卒業したのですが、文学の勉強を続けたいという思いがあり、アイスランドに戻って自活する方法を模索しながら、現地の大学に通うことを検討しました。アイスランドの大学や大学院には、老若男女問わず勉強する人たちがいます。なので、自活しながら勉強を続けるには、日本よりも、企業勤めをしながら大学に通う人たちが普通にいるアイスランドのほうが良いのではないかと思ったのです。2014年に移住し、アイスランド大学の「第二言語としてのアイスランド語学科」に入学しました。現在は同大学の大学院でアイスランド文学を研究しています。

夏場でも巨大な氷塊が浮かぶアイスランドの氷河湖「ヨークルスアウルロウン」。

SNSの投稿がきっかけで
絵本の翻訳を担当

移住後は大学に通うかたわら仕事を探し、縁があってツアーガイドをはじめました。主に日本から観光に来た方を案内しています。ほとんどの方は、アイスランド語で「ギャウ」と呼ばれる大地の割れ目(地溝)や、間欠泉などを巡る「ゴールデンサークル」という定番の観光ルートを訪れます。そのほか、郊外の宿に泊まって南東部の氷河湖、ヨークルスアウルロウンまで行くこともありますし、一週間ほどかけて島を一周することもあります。アイスランドを観光する際は、時間と予算が許せば、氷河まで行くことをおすすめします。氷河はアイスランドに来てから好きになったもののひとつで、ほかでは見られないような雄大な景色が広がっています。また観光ガイド以外にも、日本語⇔アイスランド語の通訳の依頼があれば対応しますが、現場では英語で話されることも…。

翻訳の仕事をするようになったのは、思いがけないきっかけからです。移住後、大学に通うかたわら、市立図書館に入り浸ってアイスランドの絵本を読み漁っていたのですが、とくに魅かれた本『さむがりやのスティーナ』(ラニ・ヤマモト作)を紹介する文章をツイッター(現X)に投稿したところ、編集者の目に留まり、翻訳することになりました。2021年に出版された日本語版が私の初の訳書です。また、定期的な依頼があるわけではありませんが、個別の相談があった場合には産業翻訳の仕事も受けています。加えて、近年はアイスランド文学や映画などに関する執筆依頼もあり、可能な範囲で対応しています。

現在の収入は、ガイド業が中心です。翻訳や執筆の方は、長い時間をかけてひとつのものが出来上がっていくことが多いので、その間の生活をガイド業で支えている状態ですが、どちらも楽しく続けています。知的好奇心のままに行動しているところがあるので、直近の仕事に必須でなくとも、訪れたことのない場所には積極的に行きます。

ツアーガイドの仕事では氷河の上を歩くコースも案内する。

アイスランド語、スウェーデン語、フェロー語を母語とする3人の絵本作家が共同で制作する人気作品「かいぶつ絵本シリーズ」(全5巻刊行予定、ゆぎ書房)の翻訳も手がける。

中世の文章も味わえる
アイスランド語の魅力

もともと留学のために学び始めたアイスランド語ですが、今では私にとって仕事でも生活でも欠かせない言語になりました。アイスランド語は中世語と現代語を比べると、とてつもない変化はないので、一方が読めるようになれば、もう一方で書かれたものもそれなりに読めます(ちゃんと読むには別個に学習する必要がありますが)。1000年近く前に書かれたものでも、気軽に手に取って当時の語感を感じられます。中世、近世、近代、現代と時代を通じて同じ語の感触が異なることを感じられるのは、なかなか魅力的ではないでしょうか。

アイスランドの人々の気質は、日本に比べるとのんびりしているかもしれません。メールで連絡をしたけれども返ってこないとか、夏のバカンスなどで連絡がつかなくなったり、そのまま忘れ去られたり……。相手に悪気があるわけではないことが多いので、こういうペースで進んでいる社会だし仕方ないか、と思った方が落ち着いて付き合えるかもしれません。また、口に出して伝えないと、問題がないと思われることが多いので、何かあればきちんと伝える必要があります。相手が察することを期待すると、おそらく何も進展しません。

人からの紹介で仕事のツテができるなど、縁が縁を呼ぶようなところがありますが、逆に言うとはじめの取っ掛かりをどこかで掴まないと、暮らしていくのは難しいかもしれません。そういう面では、開かれているようで閉じているところが結構あるように感じます。ただ、水道水は軟水の天然水で美味しく、よい意味で周囲からやたらと関心を持たれることがないので、私にとっては文字通り「水が合う」国です。

アイスランドの絵本を読みに通い詰めていた、市立図書館の絵本コーナー。

<ある1日のスケジュール>

8:00 起床。
9:00 大学図書館へ。メールチェック、資料探しなど。
*図書館や大学などで仕事をすることが多い。気晴らしに仕事以外の本を読むことも
9:30 翻訳作業。
13:30 昼食。
14:30 翻訳作業。
19:00 買い出し、夕食。
*夕食の後も翻訳作業を続行
22:00 自由時間。
24:30 就寝