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2023.09.08 UP

第13回 カナダ トロント
新田享子さん(生活編)

第13回 カナダ トロント<br>新田享子さん(生活編)
※『通訳翻訳ジャーナル』2023年秋号より転載

海外在住の通訳者・翻訳者の方々が、リレー形式で最新の海外事情をリポート! 
海外生活をはじめたきっかけや、現地でのお仕事のこと、生活のこと、おすすめのスポットなどについてお話をうかがいます。

新田享子さん
新田享子さんKyoko Nitta

三重県出身。英日翻訳者。サンフランシスコ州立大学英語科卒業後、シリコンバレーのIT企業のローカリゼーションや、半導体企業の社内翻訳者と管理職を経験。カナダへの引越を機にフリーランスとなり出版翻訳も始め、縦横無尽にさまざまなノンフィクションを多数翻訳。長年手芸系のブロガーだったが、今は、映画プロデューサーの友人とポッドキャストに夢中。趣味は手芸。訳書に『トラウマ類語辞典』『職業設定類語辞典』(フィルムアート社)、『危機の地政学 感染爆発、気候変動、テクノロジーの脅威』(日経BP)など。
HP:https://kyokonitta.com

カナダ最大の賑やかな都市
スポーツや映画祭も盛り上がる

それまで長く住んでいたアメリカ・カリフォルニア州から、家族の仕事の都合でカナダのトロントに引っ越したのは2010年のこと。トロントは五大湖の1つ、オンタリオ湖の湖畔にあり、「トロント」という名はこの辺りに住むモホーク族の言葉からきていて、「水の中に生える木々」という意味なのだそうです。首都ではないですが、カナダ全人口の約4分の1がここに集中する国内最大の都市です。

金融都市で、トロント大学をはじめ、さまざまな大学と研究施設がかたまっている学研都市でもあり、雑踏がざわめき、慌ただしく、高学歴の若者がたくさん住む街です。ニューヨークやシカゴにも近く、飛行機で2時間半くらい。週末に遊びに行ける距離なので、私も時々行きます。

カナダは移民や難民を積極的に受け入れているので、街を歩いていると、民族衣装を着ている人も多く見かけ、いろいろな外国語が聞こえてきます。特にタクシーの運転手さんが一体どこの国から来たのか、想像もつかないことがしばしば。私はタクシーに乗ると、運転手さんがどこの出身か、私がどこの出身かをあてっこするゲームをします。そんなふうに自分から話しかければ、結構話に乗ってきてくれる気さくな雰囲気があります。

サッカーのワールドカップの時期になると、自分の出身国を応援する移民たちがとにかく賑やか!トロントはアイスホッケー、野球、サッカー、バスケットボールのプロチームの本拠地でもあるので、スポーツ観戦は熱いです。特に、アイスホッケーのメイプルリーフスは地元ファンを失望させることにかけては天才的で、楽勝のはずが逆転負けを喫した夜などは絶望の溜息が夜空に響き渡るほどです。

また、毎年9月初めにトロント国際映画祭が開かれ、映画関係者やファンが押し寄せます。映画関係の仕事をしている人もとても多く住んでいて、実は、私がやっているポッドキャスト「きょうこりんと姉御の『そんなんいえやん』」の相方(川邉ブラウン栄子さん)は映画プロデューサーです。ポッドキャストでは時々ゲストも招いていて、一度、会議通訳者の長井鞠子さんにも来ていただきました。個人的なつながりで来てもらったので、普段講演会などでお話されるような内容とは違い、おちゃめなトークをしつつ、言葉にまつわる話をしていただきました。よかったら、聴いてみてください。

新田さんが映画プロデューサーの川邉ブラウン栄子さんと配信しているポッドキャスト「きょうこりんと姉御の『そんなんいえやん』」。長井鞠子さんの登場回は、下記URLから聞くことができる。
https://spotifyanchor-web.app.link/e/1hahk6YVdBb

トロント新市庁舎の隣にある旧市庁舎。今は裁判所になっている。

住んで実感したカナダとアメリカの違い

アメリカからカナダに引っ越してきたときいちばん驚いたのが、テレビで首相が英語とフランス語を切り替えながらスピーチしている姿です。アメリカの大統領は英語でしかスピーチしないですから。公用語が英語・フランス語の2つある、もうそれだけでアメリカと全然違うなと感じました。

また、カナダ人はアメリカ人と違って”Sorry!”とよく言います。母語が日本語の私はそこに心地よさを感じます。道でぶつかったときに「ごめん!/Sorry!」と謝る手軽な思いやりが好きです。でも、自分のいたらなさを謝ったり、謝らなくていいところで謝ったりすると、”You don’t need to be sorry.”と厳しく言われることも。いつでも自分らしく、胸を張っていればいいと言っているのでしょう。もちろん、カナダ人でも常にそうは振る舞えないので、お互いに指摘し合う習慣があるのかもしれません。そういう意味で、カナダで快適に暮らすには、ほどよい自己主張をするのが鍵だと思います。

日本とは異なる出版のトレンドも

私はアメリカとカナダで長年暮らしつつ、ノンフィクション作品を訳していますが、こちらで流行るものと日本で流行るものは違うだろうなと意識します。たとえば、英国のヘンリー王子が『スペア(SPARE)』という回顧録を出版したとき、カナダの大型書店にはうず高く積まれて売り出されました。カナダはイギリス連邦に入っているので、基本的にカナダ人は英国王室に対する知識が深く、王室との関わりを真剣に考えている人も多いのです。日本で出ても、これほどは話題にならないだろうと思います。

あと、小説だとマーガレット・アトウッドの『侍女の物語』、ノンフィクションだとパラグ・カンナの『移動力と接続性』に代表されるように、カナダはアメリカなどの外国で生きづらくなった人を受け入れる「駆け込み寺」になることが多く、そのようなテーマの書籍もよく話題になります。

トロント市内にはユニークな独立系書店がいくつかあり、ここ数年の間にその存在が見直され、若者の間で人気です。どこも大型書店と差別化していて、個性たっぷり。市内の西側には、ポーランド系の人たちが多く住んでいるロンセスヴィルという地区があり、そこに「アナザー・ストーリー」という小さな書店があります。ここは、「もうひとつの物語」という名前を店名にしているくらいですから、大型書店にはなかなか置いてもらえないような「小さな声」の本がびっしり。テーマ別に本が並び、移民、先住民、ブラック、フェミニズム、気候問題、ネイチャーライティング、詩集など、多彩な品ぞろえです。個人や小規模なグループが発行するZINEもあります。他にも個性的な独立系書店はいろいろとあるので、巡ってみるとおもしろいかもしれません。

トロント市内にあるおすすめの独立系書店「アナザー・ストーリー(Another Story Bookshop)」。

<地元のオススメスポット>

トロント大学のキャンパスに「トーマス・フィッシャー・レア・ブック・ライブラリー」という古書が収蔵されている図書館があります。古書は訓練を受けた人でないと閲覧できませんが、図書館の中には誰でも中に入れます。壁一面に天井高く本が並んでいるのを見るのは圧巻です。小ぢんまりしていますが、古書の展示もあり、ガラス越しに近くで見ることができますし、『ザ・ハルシオン』という半年に1回発行される小冊子も自由に持ち帰れます。古書マニアはもちろん、本好きの方におすすめです。

「トーマス・フィッシャー・レア・ブック・ライブラリー」内の本棚が360度並ぶホール。観光客も自由に入ることができる。

図書館に収蔵されている古書の情報などを発信する小冊子『ザ・ハルシオン(The HALCYON)』。