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季刊『通訳・翻訳ジャーナル』本誌で連載し、ご好評をいただいていた「通訳者のためのビジネス英語ドリル」がWeb版になって登場!
放送通訳者の柴原早苗さんがビジネス通訳の場面で役立つ表現を取り上げ、訳出のコツや関連フレーズなどを紹介します。
「検討する」を英語でどう表現する?
通訳力を向上させるために必要なのは「コツコツと」「繰り返して」「あきらめずに続けること」です。日々の暮らしを営んでいると調子の良い日や今一つの日もありますよね。そのようなときも焦らずたゆまず、今の学びが必ず成果につながると信じていきましょう。
さて、今回は「検討する」の英語表現がテーマです。「検討させてください」「検討しておきます」「ご検討いただけますか?」など、日本語では色々ありますよね。早速見てみましょう。
練習問題1 日→英 通訳してみよう!
1.お話を伺って、御社の熱意が感じられました。
2.わが社のほうでもご協力できるかもしれません。
3.社に持ち帰って検討してみます。
企業同士の会議における一コマです。A社がB社へ出向き、そこでB社の説明を聞いた担当者が発言したと思われます。
ちなみに私は通訳者としてデビューした当初、国際会議の受付業務から始めました。その後、空港での出迎えといった比較的容易な通訳から少しずつ積み重ねています。ある程度慣れてくるとビジネス通訳の仕事を依頼されます。気持ちの面では早く同時通訳者になりたいと思ったものですが、やはり目の前の仕事を丁寧に行うことが大事だと改めて思います。
1〜3までの文章はいずれも短めです。ぜひここで頭に浮かんだ訳文を口に出して言ってみましょう。1回目に満足しなければ、2回目、3回目とチャレンジして構いません。自分なりに納得ができたら、声を出しながら書いてみてください。
訳例1-1△
1.Hearing your story, I felt your company’s excitement.
2.As for our company, we can cooperate.
3.I will take it back to my company, and we will think about it.
解説
1.日本語の順序通り訳しているのがわかります。hear は「聞く」ですが、これは聞く意思の有無に関わらず、「音が耳に入ってくる状態」を指します。せっかく会議で先方の説明を伺うわけなので、「積極的に聞く」というニュアンスがあったほうが良さそうです。excitement は「興奮」ですので、若干意味が異なります。ちなみに私が携わる放送通訳では、街頭インタビューが映し出されることがあります。そこで “I’m excited!” という表現が出てきます。この場合は「私は興奮しています」よりも「楽しみです」「ワクワクしています」のほうがしっくりきますよね。
2.日本語の「~のほうでは」に引きずられてしまい、as for…という表現が出ています。間違いではありませんが、通訳の際に大事なのは、あくまでも話者の「イイタイコト」をとらえることなのです。「一字一句訳さなければ」という強迫観念は捨てて、多少大胆に訳すことを自分に許しても良いでしょう。なお、we can cooperate は「私たちは協力できます」と断定しているため、誤訳。「かもしれません」という元の意味をここでは盛り込みたいところです。
3.こちらもかなり直訳調になっています。2文を and で結んでいますが、前半では I と my、後半では we が出てきます。完全な誤訳でないものの、もう少し洗練された訳文がほしいですよね。think about… は「~について考える」という意味ですが、その場の雰囲気や文脈によっては聞き手に対して「え? ただ『考える』だけ? 何かフィードバックはないの?」という疑問を抱かせてしまいます。もし、前向きに話を進めていきたいのであれば、より具体的な表現のほうが良いでしょう。
訳例1-2◎
1.
From your presentation, we can feel your enthusiasm.
2.
Our company may be able to work together with you.
3.
I will talk with my colleagues and get back to you soon.
解説
1.訳例2 では we felt と過去形でしたが、こちらは現在形です。「今も感じている」という気持ちを表すならば、現在形で訳すのも一案でしょう。もし会合でプレゼンテーションが行われたのであれば、ここは presentation と入れても構いません。from your…は「(あなたの)~を通して」という意味です。your の後ろに名詞を置くだけで引き締まるので便利な表現です。
2.助動詞の may を用いています。話し手の確信度は could, might, may と強くなっていきます。会社としてある程度関心があるのであれば、少し強めの may でも良いでしょう。先ほどの collaborate や cooperate でももちろん良いですが、「一緒に」協力するというニュアンスを出すのであれば、work together も使えます。これも句動詞です。句動詞はどんどん活用することで身に付きますので、意味をしっかりおさえたら積極的に声に出してみましょう。
3.「社に持ち帰って」を I will talk with my colleagues(同僚と話してみます)と意訳しています。日英通訳の場合、大事なのは話者の意思を通訳者が汲み取ること。「同僚と社内で検討する」「のちほど連絡する」という意図が見えているならば、思い切って意訳しても構いません。
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同時通訳者。獨協大学およびISSインスティテュート講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールドを経て現在はCNNをメインに放送通訳業にも携わる。近年では近年では米大統領選、ノーベル賞、エリザベス女王国葬、テニスATPカップ、G7広島サミット記者会見、ノーベル平和賞受賞ユヌス博士、国会議員連盟の通訳などに従事。通訳や英語関連のコラムも執筆中。