explain は奥が深い動詞
練習問題2 英→日 通訳してみよう!
1.
Today’s discussion is on our new recruitment policy.
2.
Our strategy is to expand our overseas network.
3.
Mike from the HR division will elaborate on the specifics.
社内会議での一コマです。新しい人事方針が取り入れられたようです。状況を頭の中に描きながら、声を出して和訳してみてください。自分がこの会議の通訳者であれば、どのような通訳をしたいでしょうか? 「ハキハキとわかりやすく」「会議室内の全員に聞こえるように」など、実践の場面を想像しながら訳してみましょう。
声を出して言えましたか? 勇気を持ってハッキリと述べる訓練は日常生活で行えます。せっかくのチャンスと思い、きちんと声を出すことを習慣化するよう心がけてください。下の解答欄に声を出しつつ筆写してみましょう。
訳例2-1△
1. 今日の話し合いは、我々の新しい人事方針についてです。
2. 我々の戦略は、我々の海外のネットワークを拡張することです。
3. HR 部門のマイクが、具体的な内容を説明します。
解説
1. 漏れなく訳していますが、どちらかと言うと直訳調です。our は確かに「我々の」ですが、状況によっては少し硬く聞こえるかもしれません。元の英文が透けて見えてしまうような訳ではなく、あくまでも自然な日本語を意識するほうが洗練された印象になります。
2. 再び「我々」が出ており、しかも2度も続きます。センテンス1から数えると短い時間内に3回も出ますので、少しくどく聞こえてしまいます。同じ単語を何度も使わないというのも、通訳者の腕の見せ所です。
3. 原文のHR division をそのまま「HR 部門」と訳していますね。企業によっては「HR 部門」「HR 部」「人事部」など、呼び名が異なります。通訳業務の前には部署の正しい名称を確認しておきましょう。「マイク」と呼び捨てにしていますが、初めて通訳する場面であれば、やはり「さん」や肩書を付けたほうが無難です。ご本人が「マイクと呼び捨てにしてほしい」とおっしゃったならば、敬称は略しても良いでしょう。
訳例2-2◎
1. 今日は新たな人事方針について話し合います。
2. 海外ネットワークを広げる、というのが戦略です。
3. 中身の説明は人事部のマイクさんが行います。
1. 英語のdiscussion という名詞を「話し合う」という動詞に置き換えています。通訳の場合、元の言語と目的言語の品詞を同じにする必要はありません。大事なのは「話者がイイタイコト」を通訳者がとらえて、相手が理解しやすいような訳にすることです。代名詞our も省かれていますね。日本語は代名詞を省いても状況に応じて聴衆がきちんと解釈してくれますので、必要以上に入れなくても構いません。むしろ元の英語に引きずられて、自分よりも位の上の人を「彼」「彼女」呼ばわりしないことが大切です。
2. センテンス1からの続きであるため、かなり大胆に訳していますが、意味は十分通じます。our strategy のour を訳さなくても、聞いている人は「話し手側の戦略」というのは理解しています。同時通訳の場合、一言一句を訳すと日本語も相当の速度になります。逐次通訳では、通訳者が訳す時間を余分にとらねばなりません。コンパクトかつ聞きやすく、貴重な会議時間を有効活用するためにも通訳者がぜひ工夫をしてみましょう。
3. 正式な部署名も把握し、マイクさんにも敬称を付けています。訳例2-1ではelaborate on を「説明します」と動詞にしていました。一方、ここでは「説明」と名詞にして、最後に「行います」と訳しています。「説明を行う」を英訳すればdo the explanation となりますよね。独学で通訳を学ぶ際には、このようにいったん和訳した後、再び別の英語に直せるかどうか挑戦してみてください。この作業を行うことで、表現力がグンと向上します。
今回は動詞explain を中心にご説明しました。中学時代に学んだ基本単語も、改めて学んでみると奥が深いことがわかります。一つの表現をきっかけに、ぜひみなさんもご自分で辞書を引いたりインターネットを駆使したりして、学びの枝葉を広げてみてください。それが自立した学習へとつながり、みなさんの知的好奇心もどんどん満たされていきます。
★前回のコラム
同時通訳者。獨協大学およびISSインスティテュート講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールドを経て現在はCNNをメインに放送通訳業にも携わる。近年では近年では米大統領選、ノーベル賞、エリザベス女王国葬、テニスATPカップ、G7広島サミット記者会見、ノーベル平和賞受賞ユヌス博士、国会議員連盟の通訳などに従事。通訳や英語関連のコラムも執筆中。