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2023.06.02 UP

第19回 ドイツ語の難関「分離動詞」とは

第19回 ドイツ語の難関「分離動詞」とは

英語のみならず、独語、仏語、西語、伊語、中国語を独学で身につけ、多言語での読書を楽しんでいるという作家・翻訳家の宮崎伸治さんに、多言語学習の魅力を余すところなく語っていただきます!

なんで動詞が分離するのよ!?

ドイツ語を長年勉強していてどうしても馴染めないものの一つとして分離動詞があります。日本語にはもちろん分離動詞はありませんが、ドイツ語と同じインド・ヨーロッパ語族に属する英語、フランス語、イタリア語、スペイン語にもないのです。それなのにドイツ語にはあるわけですから、なぜドイツ語にはこんなものがあるの? と思ってしまいます。


「分離動詞」とは、その名のとおり、分離してしまう動詞のことです。といってもピンと来ないでしょうから、わかりやすいように日本語の動詞を故意に分離してご説明しましょう。

例えば、日本語の「開始する」とか「招待する」という動詞を考えてみましょう。日本語の動詞は分離しませんよね。ですから「ダンスの講義は4月に開始する」とか「最後にはわたしたちは人々をダンスパーティーに招待する」という文章が「ダンスの講義は4月に始する」とか「最後にはわたしたちは人々をダンスパーティーに待する」なんてことになったらビックリですよね。

でも、それをいとも簡単にやってのけてくれるのがドイツ語の分離動詞なのです。(上記の例はあくまで動詞が分離したらビックリするということがわかりやすいように喩えているだけであり、その直訳どおりのドイツ語をドイツ人が話しているというわけではありません)。

分離動詞と非分離動詞
「übersetzen」の難しさ

実際の例を見てみましょう。

Der Tanzkurs fangt im April an. (ダンスの講座は4月に開始する)

この場合、anfangenが「開始する」という意味の単語なのですが、anfangenが分離し、anが一番最後に登場しているのです。英語を学んできた私からすれば、anfangenが「開始する」という意味なのであれば、Der Tanzkurs anfangt im April.といっておけばいいのに、なぜにわざわざ分離させて、その挙げ句にanだけを一番最後に持ってくるの? と文句を言いたくなります。

この場合、Der Tanzkurs fangt im April. だけでは意味が通じないため、最後の最後まで緊張をもって相手の発話に注意しなければならないのです。きっとこれだけで止まっていたら、ドイツ人は「ん? それで?」と次の単語を待ち続けるでしょう。というのも、それだけでは文章が完結しないからです。

興味深いことに、この分離動詞には日本人である私だけではなくアメリカ人も手を焼いているようで、『トム・ソーヤの冒険』で有名な作家マーク・トウェインもエッセイ『恐ろしきドイツ語』で、abreisen(旅立つ)がabreisenに分離し、忘れたころに最後の最後にabが登場することに怒り呆れていることを書き残しています。

ただ、これだけで驚いていてはいけません。分離動詞というのがあるのは分かったとしても、まったく同じスペルでありながら非分離動詞でもあるという「分離動詞 兼 非分離動詞」というのもあるのです。

例えば、übersetzenです。非分離動詞としては「翻訳する」という意味の単語ですが、じつはübersetzenが分離する分離動詞として「渡す・渡る」という意味ももっています。ドイツ語にはこのように分離動詞にもなれば非分離動詞にもなるという「分離動詞兼非分離動詞」もあるのです。

もう一つ面倒なことを言えば、分離動詞といっても必ずしも毎度分離するわけではなく、分離しないまま使うこともあるということなのです。先ほどのübersetzenを例として挙げて考えてみましょう。

Wir sind mit zwei Booten übergesetzt. (私たちは2そうのボートで川を渡った)
Er übersetzte den Roman aus dem Deutschen ins Japanische. (彼はその小説をドイツ語から日本語に翻訳する)

このように分離動詞でもüberとsetzenが分離しないまま使われることもあるのです。

む~、どうりで長年ドイツ語を勉強し続けていてもなかなかなじまないのですね。

★前回のコラム

作家・翻訳家 宮崎伸治
作家・翻訳家 宮崎伸治Shinji Miyazaki

著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)などがある。ひろゆき氏など多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html