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2023.05.31 UP

映像翻訳と LGBTQに関する表現

映像翻訳と LGBTQに関する表現
※通訳・翻訳ジャーナル2021年春号「通訳者・翻訳者が知っておきたいことばの新常識」より転載

ジェンダーの多様化

■男女だけではないジェンダー
2020年10月に、日本航空が“Ladies and gentlemen”という機内アナウンスを廃止したことがニュースになりました。現在では“Attention, all passengers”“Good morning, everyone”などジェンダーを限定しない表現に変更されているそうです。

相手が不特定多数の場合や相手のジェンダーが不明な場合にこのような表現を用いることは、今やスタンダードになりつつあります。多様なジェンダーの存在が認められ、「性別は男性と女性の2種類しかない」というジェンダーバイナリー(男女二元論)が見直されてきていることの表れでしょう。

メリアム=ウェブスター英語辞典の2019年の「今年の言葉」には、新たな定義が加わった“they”が選ばれました。この“they”は単数形の代名詞(singular they)であり、「自分の性別をノンバイナリーと認識している単一の人物」を表します(動詞の活用は複数形のtheyと同じとされます)。ただし、ノンバイナリーを自認する人がみんな“they”と呼ばれることを希望するわけではなく、“he”や“she”を希望する人もいます。最近はSNSのプロフィール欄やメールの署名に希望の代名詞を書いている人も多いですね。

この単数形の“they”、今のところ、映像作品ではNetflixで配信中のドラマ『ビリオンズ』でしか使われている例を見たことがありません。単数形ながら「彼ら」と直訳されていました。今後「彼ら」に代わる新しい訳語(造語?)が出てくるのか、注目しています。

翻訳者が気をつけること

■NG表現、使っていませんか?
LGBTQについて少々知識はあっても、「具体的にどんな表現を避けるべきかわからない」「うっかり差別的な表現を使っていそうで不安」という方は多いかもしれません。

現状、明確なルールがあるわけではありませんが、メディアがLGBTQ の取材・報道をする際のガイドラインは映像翻訳者にも参考になります。日本語ならLGBT法連合会の「LGBT報道ガイドライン」、英語ならGLADの「Media Reference Guide」(こちらのほうが詳細)があります。どちらも各団体のWebサイトで公開されています(下記参照)。

その中から、NG例をいくつか挙げてみると…

・一人のゲイ男性のことを指しているのに「LGBTQ男性」とする
・ヘテロセクシュアルやシスジェンダーの人を「普通」「ノーマル」とする
・同性愛を「禁断の愛」と表現する
・「性的指向」を「性的嗜好」とする
・すべてのトランスジェンダーの人を「性同一性障害」とする
・「性別適合手術」や「性別移行」を「性転換」とする

「こんなのNGで当たり前」と思う人もいるかもしれませんが、意外とこういった表現はメディアでチラホラ目にするものです。「なんでこれがNGなの?」と思った方は、ぜひ調べてみてくださいね。

参考にしたいガイドライン

「Media Reference Guide」(GLAAD)
GLAADはLGBTQのイメージに関するメディアモニタリングを行っているアメリカのNGO。LGBTQ用語集やメディアでLGBTQの話題を報道する際の注意点などが掲載された「Media Reference Guide」をWebサイトで提供している。

「LGBT報道ガイドライン」(LGBT法連合会)
LGBT法連合会は、日本における性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等に対する法整備をめざす団体。LGBTQの取材・報道にあたってのメディアガイドラインを公開しており、報道する側とされる側のチェックリスト、実際の取材経験についてのコラム、基礎的な用語集など、トラブル防止に向けた要点がまとめられている。

知っておきたいLGBTQ関連の用語

SOGI(ソジまたはソギ)
Sexual Orientation and Gender Identityの略。「性的指向(どのような性別の相手に性的欲求や恋愛感情が向くか)」と「性自認(自身をどのような性別だと認識するか)」という、すべての人が持っている「属性」を指す言葉。これに「性表現(どのような言動・服装などで自身の性別を表現するか)」を意味するGender Expressionを追加してSOGIEとする場合もある。

LGBTQ
Lesbian(レズビアン)、Gay(ゲイ)、Bisexual(バイセクシュアル)、Transgender(トランスジェンダー)、Questioning(クエスチョニング/自身の性的指向や性自認が定まっていない人、意図的に定めていない人)およびQueer(クィア)の頭文字を取った単語で、性的マイノリティの総称の一つ。LGBTQ以外にも多様なセクシュアリティやジェンダーが存在する。

Gender identity disorder(性同一性障害)
「身体的性別と性自認が一致せず、身体に強い違和感や嫌悪がある状態」を表す医学的な診断名。欧米では脱病理化が進み、「性別違和(Gender Dysphoria)」や「性別不合(Gender Incongruence)」という名称に変更。「トランスジェンダー」は性同一性障害も含むより広義な言葉で、トランスジェンダーの人全員が身体的治療を望むわけではない。

Queer(クィア)
「奇妙な」という意味の言葉で、元は侮蔑語として使われていたが、それを逆手に取ったゲイやトランスジェンダーの人々が、権利運動の中で自身のアイデンティティを主張する言葉として使うようになった。現在は性的マイノリティ全体を示す言葉として肯定的な意味で使われることが多い。

Nonbinary(ノンバイナリー)
自身の性自認や性表現に男性・女性という枠組みを当てはめない人。男女二元論にとらわれない人。Enby(NB)と略されることもある。

Heterosexual(ヘテロセクシュアル)
異性愛者。異性愛を普通とみなし、そうでないセクシュアリティを逸脱とみなす社会規範をHeteronormativity(ヘテロノーマティヴィティ/異性愛規範)という。

Cisgender(シスジェンダー)
出生時に割り当てられた性別と性自認が一致している人。

※ ※通訳・翻訳ジャーナル2021年春号「通訳者・翻訳者が知っておきたいことばの新常識」より転載

映像翻訳者 今井祥子
映像翻訳者 今井祥子Shoko Imai

日本大学藝術学部映画学科卒業後、フリーランスの映像翻訳者としてデビュー。翻訳作品に、映画『ゴッズ・オウン・カントリー』『ダンサー そして私たちは踊った』『ラフィキ:ふたりの夢』『ボーイズ・イン・ザ・バンド』など。LGBTQ映画祭「レインボー・リール東京」のプログラマーとしても活動し、2017年にはベルリン国際映画祭でテディ賞(LGBTQ映画賞)の国際審査員を務めた。「第31回レインボー・リール東京(東京国際ゲイ&レズビアン映画祭)」は、2023年7月15日~17日に大阪、7月21日~23日に東京で開催予定。