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2025.05.28 UP

左右社 / 幅広いジャンルで
コストと時間をかけるに値するロングセラーを出版

左右社 / 幅広いジャンルで <br>コストと時間をかけるに値するロングセラーを出版
※『通訳翻訳ジャーナル』SUMMER 2025より転載 取材/京極祥江

季刊誌『通訳翻訳ジャーナル』の連載、翻訳出版社最前線をWebでも公開しています!
翻訳書を刊行している出版社で、翻訳書を担当する編集者にインタビュー!
訳書の主なジャンルや選定方法、リーディングや翻訳の依頼などについてお話をうかがいました。

<翻訳出版社最前線> 左右社

📚株式会社左右社📚

~Company Data~
〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷3-55-12 ヴィラパルテノンB1
●ホームページ:https://sayusha.com
●翻訳書刊行点数:約5〜10点/年
●翻訳書の主なジャンル:人文書、文芸書
●出版実績のある言語:英語、韓国語、フランス語、中国語、ロシア語など
●原書の発掘方法:エージェントからの紹介、翻訳者からの提案や持ち込みなど
●新人翻訳者の抜擢:条件が合えばある
●リーディング:AIを活用するなどして編集者が確認。依頼することはほぼない

お話
お話東辻浩太郎さん

編集部

社員全員が原著を選書
営業担当者も本を作る

左右社は2005年に設立された比較的新しい出版社である。一風変わった社名は、書家の石川九楊氏が「友とともにあり、つねに人間と社会の本意を尋ね求める出版活動を願って」命名した。その名のとおり、翻訳書では『説教したがる男たち』(レベッカ・ソルニット 著/ハーン小路恭子 訳)といったフェミニズムの名著や、自転車の文化誌『自転車 人類を変えた発明の200年』(ジョディ・ローゼン著/東辻賢治郎 訳)、和書では『高校生と考える 未来への想像力』など、世を良くしていこうという気概が感じられる本を発行している。

「年間の刊行点数は30から40点で、そのうち翻訳書は5から10点ほどです。翻訳書の場合は、ロングセラーとして成立するかどうかという視点で原著を選んでいます。為替レートの変動により、印刷や製本費以外の製作費も上がっていますし、翻訳書を世に出すには1〜2年かかります。コストと時間をかけて作るに値する本であることが大事です」

社員数10名ほどと小所帯のため、翻訳書専門の部署は存在しない。また営業担当者も、年に一度は本を作ることが慣例になっている。社員全員がエージェントからの案内を見ることができ、おもしろそうだと思った人が資料を取り寄せ企画会議にかける。原書が英語の訳書がほとんどだが、韓国語やフランス語、ロシア語からの翻訳書を出版した実績もある。

「その本を担当する人が、翻訳者も探します。基本的には類書を探して読み、『この人なら』と思う方に依頼することが多いですが、企画の持ち込みも歓迎しています。2025年3月に刊行した文芸書『ゴースト・フォレスト』(ピク・シュエン・フォン 著/神崎朗子 訳)は、神崎朗子さんからのお話がきっかけで出版に至りました。神崎さんは実績のある方ですが、新人翻訳者さんから翻訳サンプルをいただくこともあります」

一方、リーディングについては、AIを活用するなどして編集部内で作成することがほとんどで、外注することはほぼないとのことだ。

元から日本語のような 自然な訳文が望ましい

同社が求める訳文は、違和感のない自然な日本語であること。

「翻訳調の文体であることが表現方法になっているケースは別ですが、著者が日本語話者だったとして、日本語で書いていたらこういう文章になるだろう、と読む人が納得できるような自然な訳文となることを心がけています」

納品された訳文を精査し、その過程で翻訳者に修正を依頼することも。

「編集者のコメントが的外れというケースもありますので、こちらの意見をすべて聞いてもらうことが目的ではありませんが、疑問点があればご相談します。それに対してコメントや反対意見をくださっても構いません。意見を交換して、より良い訳文になるよう、柔軟に対応していただければと思います」

「柔軟」は、左右社が翻訳者を選定するにあたってのキーワードでもある。

「諸条件が一致しないと本は出せません。翻訳料に関しても、初刷は払いきりでという場合や、保証印税に実売印税を足す場合もあり、本当にケースバイケースですのでその都度個別にご相談しています。そういったお話をした際に、相談に応じてくださる翻訳者さんはとてもありがたいです」

知名度だけでは売れない時代、中身のある本を出す

本、そして翻訳書が売れない時代だとよく言われるが、ここ10年ほど、同社が出版した翻訳書に関しては初版部数・実売数ともそれほど変わっていないという。ただし、海外で名の知れた著述家が書いた本だからといってありがたく読まれるということは少なくなっている。

知名度だけでなく、中身が伴わないと売れない時代に翻訳書を刊行していく中で注目しているのが「その道のプロフェッショナルは全員が読んでいるし、原著を持っているのに、実は日本語訳が出ていない本」だ。

「文化人類学の分野では、長い間日本語に翻訳されていなかった名著が、7〜8年ほど前に一気に訳されて日本語で読めるようになりました。私は建築に興味があるのですが、イタリアでは哲学を専門にしている人が、建築を論じていたりするんですね。日本ではなかなか出てこないそうした書き手を探して、本を出していければおもしろいのではと考えています」

新刊&売れ筋📕

ACE アセクシュアルから 見たセックスと社会のこと
『ACE アセクシュアルから見たセックスと社会のこと』
アンジェラ・チェン 著
羽生有希 訳
2,750円(税込)
(2023年5月刊行)
セックスって本当に必要? 恋愛と友情の区別はセックスなの? フェミニストは性的に奔放なの? 「他者に性的に惹かれない」アセクシャル当事者の視点から著者自身の経験と、100人のインタビューで描くステレオタイプや“常識”をめぐる葛藤、軋轢、絶望……。性的な規範と強制、排除や禁止が張り巡らされている私たちの社会のすがたを浮かび上がらせる唯一無二のルポ・エッセイ。鮎川ぱて氏ほか、書評も多数寄せられた1冊。

0%に向かって
『0%に向かって』
ソ・イジェ 著
原田いず 訳
2,640円(税込)
(2024年11月刊行)
観客占有率「0%」へと衰亡一直線のインディペンデント映画をめぐる青春を「逡巡がグルーヴする文体」(@ライムスター宇多丸氏)で掬い取る表題作、公務員試験予備校のあつまるノリャンジンを舞台に、勉強はそっちのけで恋と音楽にのめり込む〈俺〉の物語、など切なく悩ましい現代ソウルの青くて苦い日々をオフビートで描き切る! 韓国文学作家による、注目のデビュー短編集。

必読!左右社のベストセラー📘

源氏物語 A・ウェイリー版(1〜4)
『源氏物語 A・ウェイリー版(1〜4)』
紫式部 著
アーサー・ウェイリー 英訳
毬矢まりえ+森山恵 日本語訳
各巻3,520円(税込)
(2017〜19年刊行)
プルーストと同時代、平安時代の物語を世界に届けたのは、V・ウルフらブルームズベリー・グループの一員でもあった語学の天才アーサー・ウェイリー。〈プリンス源氏〉が〈パレス〉で〈レディ〉たちと過ごす一見突飛な翻訳も、その流麗な文体は実に正確な物語理解、古文読解に基づいたものだった。英語訳の美点を工夫をこらして訳し戻し、もっとも読みやすい源氏物語と評判の同書は、2024年にNHK番組「100分de名著」でも特集放送され、大反響を呼んだ。

※『通訳翻訳ジャーナル』SUMMER 2025より転載 取材/京極祥江