
季刊誌『通訳翻訳ジャーナル』の連載、翻訳出版社最前線をWebでも公開しています!
翻訳書を刊行している出版社で、翻訳書を担当する編集者にインタビュー!
訳書の主なジャンルや選定方法、リーディングや翻訳の依頼などについてお話をうかがいました。
<翻訳出版社最前線> NHK出版
📚株式会社NHK出版📚
~Company Data~
〒150-8081 東京都渋谷区宇田川町7-1
●ホームページ:https://www.nhk-book.co.jp
●翻訳書刊行点数:約8~10点/年
●翻訳書の主なジャンル:教養書、人文書など
●出版実績のある言語:英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語など
●原書の発掘方法:エージェントからの紹介、海外ブックフェアで発掘など
●新人翻訳者の抜擢:基本的にはなし
●リーディング:付き合いのあるリーダーや翻訳者に依頼することが多いが、新人に声をかけることも

放送・学芸図書編集部
ロングセラーの翻訳書を出版
語学講座のテキストや、大河ドラマ関連書籍で「NHK出版」の名前を知っている、という人は多いのではないだろうか。実は同社の歴史は古く、1931年創立。NHKラジオ第2放送の開局にあわせて、講座番組テキストの発行および販売を専門とする出版社として設立された。現在ではNHKブックスやNHK出版新書、放送関連書など幅広いジャンルを刊行している。翻訳書にも定評があり、累計200万部を突破した『ソフィーの世界』(ヨースタイン・ゴルデル 著/池田香代子 訳)、ビジネス書大賞を受賞した『ゼロ・トゥ・ワン』(ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ 著/関美和 訳)など多くのヒットを飛ばしている。
翻訳書の年間刊行点数は8〜10点と限られていることもあり、ジャンルはノンフィクションの教養書と人文書がメイン。健康、脳科学などのポピュラーサイエンスや社会情勢に関するものが多く、現在はフィクションや文芸作品はほとんど出版していない。
「NHK出版には文庫がなく、翻訳書も単行本での発行です。7~8年は販売するロングセラーが多いのが特徴で、中には契約更新をして10年以上売り続けている作品も多くあります」
リーディングを機に翻訳デビューを果たす人も
翻訳書の専任スタッフは2名で、その他の編集者の意見も聞きながら、エージェントに紹介された原書や、ロンドンやフランクフルトのブックフェアで発掘した本をリーディングに出して出版するかどうかを判断する。
「企画会議でGOサインが出ても他社との競合で出版権が取れないこともありますし、企画から出版まで2年から3年かかりますので、毎年15冊から20冊は企画会議にあげています。リーディングに出す数はもっと多く、私一人で年間約20作を発注しています」
NHK出版では、実績のある翻訳者に翻訳を依頼することが多く、原則として持ち込み企画は受け付けていない。新人翻訳者が抜擢されることは、既につきあいのある翻訳者からの推薦を除くとほぼないのだが、リーディングは別だ。
「私たちも、翻訳者さんの幅を広げたいという思いは持っています。締め切りがタイトではないもの、専門性がそれほど高くないものについては、パーティーなどで名刺をいただいた新人翻訳者さんにリーディングをお願いすることがあります」
リーディングのシノプシスは内容とともに文章もチェックするという。シノプシスの文章がしっかりしている人には、新人であっても翻訳を依頼することもある。
「リーディングのシノプシスも含め、翻訳に求めることは大きく3つあります。まずは文章力。日本語として読みやすいことが大前提です。次に作品を理解した上で訳せていること。著者が言いたいことがすっと頭に入ってくる、ひっかかりのない訳であることが大切です。最後に、専門用語など調べ物がきちんとできていることです」
上記3つに加え、締め切りを守る、コミュニケーションがとりやすいといった基本的なビジネスマナーも重要だ。
「原文そのままに翻訳すると、読みにくい日本語になることがあります。そんな場合は修正が必要なのですが、編集部で一方的に直すのではなく、翻訳者さんと相談しながら最適な訳にしていきたい。そのためにはしっかりとコミュニケーションを取ることが欠かせません。地方在住の翻訳者さんもいらっしゃいますので、基本はメールやオンラインでのやりとりになるのですが、できれば一度お会いして打ち合わせをしたいと考えています」
長く読み継がれるロングセラーを出版したい
NHK出版が発行している翻訳書の多くは、2023年3月に発行された『リアリティ+(上下)』(紹介欄参照)など上下巻に分かれているものもあり、ボリューム、内容ともに重量感がある。
「弊社の場合、ライトで手軽に読めるものではなく、しっかりとした知見を身につけられるものが好まれる傾向にあると実感しています。中でも教養書は手堅い売上があり、40代以上の方から支持を得ています」
今後も、一時的にベストセラーになるものではなく、長く読み継がれるロングセラーとなりうる良書を発掘してきたいとのこと。
「ビジネス関連書では、気持ちを切り替えて前に進むにはどうすればよいかなど時代に合ったマインドセット本に注目しています。また科学的裏づけのある健康書、YA(ヤングアダルト)や子ども向けの教養書も検討しています」
「教養書に強いNHK出版」の看板を守りつつ、時代に合わせて変化していくのがNHK出版なのである。
売れ筋📕

デイヴィッド・J・チャーマーズ 著
高橋則明 訳
上 2,640円、下 2,530円(税込)
(2023年3月刊行)
VRやAR、メタバースの普及により「現実」のとらえ方が激変した現代。哲学の鬼才が、「意識のハード・プロブレム」「哲学的ゾンビ」などこれまでの論考をもとに「リアリティ(現実)」とは何かという難問に挑戦。VRは私たちのいる現実世界と変わらないのではないか? さらにいえば、私たち自身がVRの中にいるのではないか?「 現実」の認識が覆され、根本から思考の転換をうながす衝撃作。

ダニエル・ソカッチ 著
鬼澤忍 訳
2,860円(税込)
(2023年2月刊行)
もし「イスラエルについてどう思う?」と尋ねられたら、あなたは何と答えるだろうか? 人口1千万にも満たない小さな国の動向が世界のトップニュースになるのはなぜなのか? そして、なぜ争いは絶えないのか? 世界が注視する“この国”を正しく理解しておくことは、国際人の一員として生きるにはとても重要なことだ。初めてこの問題に触れる読者にとって格好の入門書。
必読!NHK出版のベストセラー📘

ジョンJ. レイティ with エリック・ヘイガーマン 著
野中香方子 訳
2,310円(税込)
(2009年3月刊行)
成績アップ、注意力の向上、うつの改善、認知症の予防など運動の驚きの効用を明らかにし、大反響を得た名著。精神科の医師である著者は、体を動かさない生活が脳にもたらす悪影響に危機感を抱き、本書を執筆。人類の遺伝子には狩猟採集の行動様式が組み込まれており、活動しないと生物学的バランスが壊れるという。コロナ禍で自粛生活を余儀なくされ、運動の大切さを改めて実感した人々からも多くの支持を得るロングセラー。
※『通訳翻訳ジャーナル』SUMMER 2023より転載 取材/京極祥江