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2023.08.30 UP

翻訳書案内『B:鉛筆と私の500日』

翻訳書案内『B:鉛筆と私の500日』

新刊翻訳書を、訳を手がけた翻訳者の方がみずから紹介。書籍の読みどころを、訳者ならではの視点で語ります。


『B:鉛筆と私の500日』
エドワード・ケアリー 著
古屋美登里 訳 東京創元社
出版社HP
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イギリスの作家エドワード・ケアリーは、これまでどのジャンルにも属さないような想像力を駆使した物語を生み出し、しかも自分で表紙や挿絵を描いてきました。

新型コロナウィルス感染症で世界中の町が閉ざされた2020年に、彼はこの感染症が終わるまでTwitterに毎日鉛筆画を投稿すると宣言します。すぐにも収まると期待していたロックダウンは一年以上も続き、画は500枚にも及びました。そのすべての画と新たに書いたエッセイ36篇をまとめたのが本書です。

児童文学の王国とも言えるイギリスの古い館で幼年期を送り、いたずら描きをしているうちに人物が現れてそこから物語が始まると述べている作家の目がとらえたのは、ヨーロッパやアメリカの古今の芸術家や著名人、動物や鳥や昆虫、架空の人物たちでした。

愛用する「トンボ鉛筆のB」(これがタイトルの所以です)で描いた画は、ひとりの表現者が500日を生き延びた記録であり、唯一の外界との接点だったのです。このやむにやまれない行為を生活と言ってもいいですし、創作と呼んでもいいでしょう。その美しさを是非とも手に取ってご覧いただければと思います。

※ 通訳翻訳ジャーナル2023年秋号より転載

古屋美登里
古屋美登里Midori Huruya

翻訳家。フィクションに『望楼館追想』(創元文芸文庫)、『わたしのペンは鳥の翼』(小学館)、『幸いなるハリー』(亜紀書房)、『観光』(ハヤカワepi文庫)。ノンフィクションに『その名を暴け』(新潮文庫)、『わたしの香港』『第三の極地』『スヌーピーの父 チャールズ・シュルツ伝』(以上亜紀書房)ほか多数。