毎朝5〜6冊を音読する
「翻訳ストレッチ」が日課
42歳のとき、脱サラして翻訳者として独立すると、また読書の質や傾向が変わった。藤沢周平や向田邦子ら、「こんな文章を書きたい」と憧れる作家たちの小説やエッセイを意識的に読むようになったという。
「藤沢周平はもともと大好きで、特に『蝉しぐれ』がいい。向田邦子にしても、たとえば『父の詫び状』は頭から終わりまで5〜6回は音読しています。特に即効的な効果はないんだけれど、文章を書く仕事をしていくうえで、何かにつながるだろうと思うんです」
そうした読書の延長が、10年前から行っている「翻訳ストレッチ」だ。朝、仕事を始める前の30分から1時間を使い、選んだ5〜6冊の本を音読する。その内訳は翻訳書とその原書、英語や翻訳関連などで、1冊あたりにかける時間は5〜10分程度だ。
「翻訳書と原書については、まず原文を音読して該当する訳文を音読し、訳文がいいなと思ったら、原文とセットで書き写します。カズオ・イシグロの作品を取り上げることが多く、土屋政雄さんの訳は最高だし、飛田茂雄さんの訳もすばらしい。ほかに金融関係のものとして、村井章子さんの訳書もずっと読んでいますし、加えて今(※)は東江一紀さんの『世紀の空売り』も音読します。村井さんの訳文は、格調が高く落ち着いた日本語。東江さんの訳文には、『この英語がこんな日本語になるのか』という驚きがありますね」
(※本記事のインタビューは2019年3月に行われました。)
最近は、趣味で始めた俳句に関わる本や医学者・矢作直樹さんの著作(『自分を休ませる練習』等)など、仕事に関係ない本も翻訳ストレッチに加えている。ひとえに、自分個人のための読書の時間を捻り出す「知恵」。じっくり腰を落ち着けて本を読めないのが今の悩みであり、だから翻訳者志望者に向け、こうアドバイスする。
「翻訳者になると、どうしても仕事のための読書になってしまい、純粋に読書を楽しむ時間が持てなくなります。翻訳者を目指している人は、時間のあるうちに思う存分、『楽しむための読書』をしておくことをお薦めします」
※ 『通訳翻訳ジャーナル』2019年夏号より転載 取材/金田修宏 撮影/合田昌史
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