大きな影響を受けた
C・ヴォルフと多和田葉子
読書の始まりは、福音館の絵本シリーズ。その後、『アタックNo.1』などの流行マンガに夢中になりつつ、シートン動物記やシャーロック・ホームズなどを経て、中学時代には筑摩書房の『世界文学大系』に手を伸ばした。
関心の的は完全に海外文学。高校時代にはサローヤンの『人間喜劇』に感銘する一方、カフカの『変身』に衝撃を受ける。それがきっかけで、進学した東京大学文学部では独文科を選び、3年生のときにはドイツに短期留学。現地で初めてクリスタ・ヴォルフの原書を読み、これがその後の進路を決定づけることになった。
「授業で勉強して名前だけは知っていたのですが、いざ読んでみたら1ページ目からメタファーがいっぱいで、何を暗示しているかがわからない。ヴォルフは東ドイツの作家で、当局の検閲をすり抜けるためにそういう書き方をしているのですが、読み解いていくのがすごくおもしろくて、結局ヴォルフが卒論のテーマになり、大学院での研究対象になりました。その意味で、私にとっては大事な作家です」
大きな影響を受けた作家は、もう一人いる。すでに名前が出ている多和田葉子さんだ。1990年代にハンブルクに留学した際、現地の教授の紹介で知り合い(多和田さんはハンブルク大学大学院出身で、当時からドイツ在住)、親交は今も続いている。
「多和田さんは日本語でもドイツ語でも小説を書いていて、『原文のない翻訳のように書いてみたい』など、いろいろと翻訳に関する発言もされています。翻訳を考えるうえでも、実際に翻訳するうえでも、とても参考になりました。彼女の書く日本語はほかの誰にも書けないし、着想や発想がとてもユニーク。文学者、翻訳者としての私をつねに刺激してくれる大切な存在です」
また2019年8月に亡くなった独文学者・池内紀さんにも、後進として敬意を抱いている。
「真似はしていないつもりだけれど、池内先生の柔らかい文体には影響を受けていると思います」
何かを学んだり、考え方の幅を広げたりするような読書の醍醐味を知ったのは、大人になってから。子どもの頃のように、フィクションを読んで空想の世界を飛び回ることは滅多にないが、それでも読書の楽しさは少しも色褪せない。たとえ授業や研究のため、書評を書くため、翻訳するためであっても、読書は読書だ。
「幼いときから食べるのと同じように、ごく自然に活字を読むことを楽しんできたと思います。趣味としていつまでも持ち続けたいですし、目が見える限り、ずっと本を読んでいたいですね」
※ 『通訳翻訳ジャーナル』2020年冬号より転載 取材/金田修宏 撮影/合田昌史