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2024.01.09 UP

出版翻訳家・ゲーム翻訳家 武藤陽生さん
~Interview with Professional~

出版翻訳家・ゲーム翻訳家 武藤陽生さん<br>~Interview with Professional~
※『通訳者・翻訳者になる本2022』より転載。

ゲームと出版の両輪
やれるうちは両方やる

出版翻訳は納期が3~4カ月ほどになるため、自分のペースで仕事を進められる。かたやゲームのほうはスケジュールがタイトになるため、実働時間はそう変わらなくても、“追われている感”が強いという。もっともそれは、安定収入とのトレードオフだ。

本を訳すときには、最初に全体の粗訳をつくり、伏線を含めて全体像を把握。それを叩き台に、まず不明点や誤訳を潰し、次に細部を磨いて、全体を仕上げていく。訳文を通読する回数は、ゲラ読みを含めれば10回程度にもなる。

対照的に、ゲームの翻訳作業は1回で終了。簡単な見直しはするが、そこから先は翻訳をゲームに実装し、実際にプレイしながら不備や誤訳を正していく。「その工程を『LT』ないし『LQA』といい、出版翻訳のゲラ読みに相当します。この工程に関われないと無責任な気がして、僕はイヤですね」

翻訳をしていると、得意なことをしているという実感が湧いて「気分がいいんです」。ゲームと出版のどちらかに絞るべきではないかと自問した時期もあるが、そんな迷いも今は解消。「やれるうちは、両方やればいい」と思えるようになった。

「〈ショーン・ダフィ〉シリーズは9作まで続く予定で、翻訳は5作目まで出ることが決まっています。このシリーズは、最後まで自分が訳したいですね」(2024年1月時点では、6作目まで訳書が刊行されている)

キャリアはまだ10年に満たない。持ち前のセンスと才知、気骨が本領を発揮するのは、むしろこれからだ。

2018年以降、出版翻訳の依頼が続いたため、2年ほどゲーム翻訳からは離れていた。「収入面のこともあり、去年からゲーム翻訳も再開しました。久しぶりにゲームを訳してみると、やっぱりおもしろいですね」と語る武藤さん。

翻訳の流儀

小説の翻訳には「『和臭』を残さない」という約束ごとがあります。たとえば「ご飯」は「米」を連想させるので「食事」の意味で使うべきではない、などです。でも僕は、そういった先人たちが積み上げてきた“知恵”に、あまりとらわれなくてもいいのではないかと思っています。もちろん尊重すべきところは尊重しますが。例えば〈ショーン・ダフィ〉シリーズでは、『昼飯』をわりとよく使っています。そうすることで、会話がこなれたり、セリフに勢いが出たりするためです。ただ「被害者」を指す「仏(ほとけ)」は使えませんでした。迷いましたが、やはりキリスト教が重要な意味を持つ小説なので。でも、そうやって迷うことが、翻訳者の姿勢として大事なんじゃないかと思っています。

翻訳者をめざす人へ

本当に自信を持って向き合えるか?
翻訳に限らず仕事全般に言えることだと思いますが、自分がやりたいこと、得意なことをやるべきだと思います。それが翻訳だったら、翻訳の道に進めばいい。無理に翻訳の道に進む人はいないと思いますが、たんに「英語力を生かしたい」とか、何となく翻訳の道に進もうと考えているのなら、本当に自分が自信を持って向き合えるかどうか、まず確かめることが大事だろうと思います。

翻訳は、自分が打ち込んできたことを生かせる仕事です。僕自身はゲームに夢中になりすぎて、人生の大事な時間を無駄にしたと思った時期もありましたが、この仕事についたおかげで無駄と思えた時間を生かすことができています。もし何か打ち込んできたことがあるのなら、それを生かせる分野を探ってみてください。

※『通訳者・翻訳者になる本2022』より転載  取材/金田修宏 撮影/合田昌史 取材協力/フェロー・アカデミー

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武藤陽生さん
武藤陽生さんYousei Mutou

早稲田大学法学部卒。アルバイトを経て、ゲーム翻訳会社に勤めながらフェロー・アカデミーで文芸翻訳を学び、2013年にフリーランスの翻訳者に。主な訳書に『コールド・コールド・グラウンド』『アイル・ビー・ゴーン』(以上、早川書房)、『DX実行戦略 デジタルで稼ぐ組織をつくる』(日本経済新聞出版)『ゲームライフ――ぼくは黎明期のゲームに大事なことを教わった』(みすず書房)など。主な翻訳ゲーム作品に『VA-11 Hall-A』(Sukeban Games)『Gone Home』(The Fullbright Company)など。