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2024.01.09 UP

出版翻訳家・ゲーム翻訳家 武藤陽生さん
~Interview with Professional~

出版翻訳家・ゲーム翻訳家 武藤陽生さん<br>~Interview with Professional~
※『通訳者・翻訳者になる本2022』より転載。

師の教えを守るスタイルから
自分ならではのやり方に進んだとき
翻訳がもっと楽しくなった

師の教えを守り、破って
自分流が見つかった

出版翻訳者としてのデビュー作は、14年発売の『スーパーコンプリケーション 伝説の時計が生まれるまで』(共訳/太田出版)。以後、ノンフィクション、ビジネス書、ミステリなどを訳してきた。出版翻訳については、収入面で厳しいため「何度かやめようと思ったことがある」。だが、そうなっていないのはなぜか?

子どもが生まれるのに備え、安定して稼げるゲーム翻訳1本に絞ろうと腹を決めた矢先、〈ショーン・ダフィ〉シリーズの第1作(『コールド・コールド・グラウンド』)を依頼された。なぜこのタイミングで、と迷いもあったが、この仕事を受けたことで、出版翻訳者として一皮むけることになった。

「小説を訳すのもこれで最後だから、自分の好きに訳してみようと思ったんです。独り立ちして以降も、田口先生のやり方を守っていましたから」

漢字の閉じ開きをはじめ、すべて自分の思うままに訳した。台詞によく出てくる“Aye”を、編集部の反対を押し切って「あい」と訳したのも、その1つだ(理由は第4作『ガン・ストリート・ガール』の「あとがき」で明かされており、その「知略」と「思い」を知ると、本シリーズの印象が変わる)。

単独訳9作目にして、初めて自分の思いどおりに訳した作品。それを誰よりも評価してくれたのは、他ならぬ師の田口氏だった。

「雑誌の書評で、翻訳をすごく褒めてくれたんです。日本の芸道には、修業の順序を示した『守破離』という考え方がありますが、この作品で『守』から『破』に入れたように思います。その意味では、先生のスタイルを守る時間があったから、自分のやり方を見つけられたのかなと。この作品をきっかけに、出版翻訳がより楽しくなりました」

ゲーム翻訳においては、ゲーマーとしての知識と目利き力、現場で習得したスキルを武器に、積極的に攻めた。独立間もない頃には、アメリカの開発会社から許諾を得て、翻訳者仲間の伊東龍氏とともにPC用インディーゲームの秀作『GoneHome』をボランティアで翻訳。無報酬でも翻訳者の名前がクレジットされるため、「『実績になって仕事がしやすくなる』という狙いもあった」という。

その後、家庭用ゲーム機に移植された際には、武藤さんらの翻訳がそのまま採用。開発会社にその力量を認められ、続く新作『Tacoma』では、仕事として翻訳をオファーされた。

「大手メーカーのゲームだと翻訳者の名前は表に出ないのですが、フリーランスとして仕事をする以上、名前を出したいと思っています。『GoneHome』は非常におもしろいゲームですし、キャリアにもつながったので、無報酬でも意味のある仕事になりました」

「初めてすべて自分の思うように訳した」という代表作『コールド・コールド・グラウンド』と、同じく〈ショーン・ダフィ〉シリーズの第4作『ガン・ストリート・ガール』。シリーズの最新作は6作目の『ポリス・アット・ザ・ステーション』(以上、早川書房)。

翻訳作業をしている仕事場
3画面を使用する翻訳用のPC。中央画面で翻訳作業を行い、右画面は辞書、左画面はWebでの調べ物に利用する。

※『通訳者・翻訳者になる本2022』より転載  取材/金田修宏 撮影/合田昌史 取材協力/フェロー・アカデミー

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やれるうちは両方やる

武藤陽生さん
武藤陽生さんYousei Mutou

早稲田大学法学部卒。アルバイトを経て、ゲーム翻訳会社に勤めながらフェロー・アカデミーで文芸翻訳を学び、2013年にフリーランスの翻訳者に。主な訳書に『コールド・コールド・グラウンド』『アイル・ビー・ゴーン』(以上、早川書房)、『DX実行戦略 デジタルで稼ぐ組織をつくる』(日本経済新聞出版)『ゲームライフ――ぼくは黎明期のゲームに大事なことを教わった』(みすず書房)など。主な翻訳ゲーム作品に『VA-11 Hall-A』(Sukeban Games)『Gone Home』(The Fullbright Company)など。