2025.06.09 UP
日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール
最優秀賞者インタビュー

通訳・翻訳の初仕事を得る方法はさまざまあるが、未経験者でもデビューの可能性が開けるのが「コンテスト」だ。特に、志望者が多く狭き門である出版翻訳においては、コンテストやオーディションからデビューを叶えた人も多い。コンテストがきっかけでデビューしたり、仕事が増えたりといった経験をした通訳者・翻訳者のリアルな声を紹介する。

まきの・みか/短期大学英語科卒業後、看護師免許を取得。病院勤務ののち、青年海外協力隊の看護師隊員としてパラオ国立病院で2年間活動する。結婚後、釜山の大学に勤務することになった夫と共に2008年に渡韓。現在、出版翻訳者として働いている。訳書に『仕事の喜びと哀しみ』(クオン)、『書籍修繕という仕事』(原書房) 、『サイボーグになる』(岩波書店)、『韓国は日本をどう見ているか』(平凡社)など。
●受賞したコンテストと結果
日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール
第1回 最優秀賞
●主な翻訳の分野
出版翻訳(小説、エッセイ、ノンフィクションなど)
●翻訳者歴
約6年
コンテストでデビュー後、6年で10冊を出版
夫の仕事の都合で、韓国に移住することになった牧野美加さん。日本では1年弱、NHKラジオを聴いて独学で韓国語を勉強しただけで、渡韓したばかりの頃は韓国語がほとんどわからなかったという。
「本格的に勉強し始めたのは渡韓後で、2年半ほど週3日、釜慶大学言語教育院に通って積極的に勉強をしました。韓国生活が長くなるにつれ、日常生活で困ることもなくなったので、あまり勉強をしな
くなっていたのですが、何もしなければ実力は衰えるため、勉強の必要性は感じていました」
そんな折、SNSで「日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール」が開催されることを知る。課題作と期限があれば必然的に勉強するようになるだろうと思い、応募を決めた。
「広報誌や新聞記事の翻訳に携わっていたことはありましたが、翻訳を学んだことはなく、小説の翻訳もコンクールで初めて挑戦しました。すべてが手探りだったので、何かを工夫する余裕もありませんでしたが、著者の述べていることを正確に日本語にすることを心がけました」
第1回目の開催だった同コンクールで牧野さんは見事に最優秀賞を受賞。コンクールの規定により、課題作『ショウコの微笑』を優秀賞受賞者の2人と共訳した本がクオンから出版された。
「出版にあたって吉川凪先生の監修を受け、その過程が大変勉強になりました。また、コンクールで翻訳をしてみて、小説の翻訳を本格的に学びたいと思うようになり、2018年から2年間、ソウルの韓国文学翻訳院 翻訳アカデミー特別課程で勉強しました」

『ショウコの微笑』
チェ・ウニョン著/クオン
言葉を扱うことにゴールはない
受賞から約6年が経つが、コンスタントに翻訳の依頼があり、これまで担当した訳書は10冊にのぼる。
「受賞を機に、その後も翻訳の仕事をいただくようになりました。同コンクール主催のクオンから紹介していただいた編集者の方と関係性を築いて、訳書の出版に至ったケースもあります。リーディングを通じて、編集者の方と知り合ったり、他の仕事につながったりすることもあるので、積極的に引き受けています」
2024年の本屋大賞翻訳小説部門で第1位を受賞した牧野さんの訳書、『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』も最初はリーディングの依頼だった。
「どこでご縁ができるかわからないので、一つひとつの機会を大事にして、経験を次の仕事につなげるために翻訳に最善を尽くすことを心がけています。翻訳には、行けども行けどもゴールがありません。担当した本が1冊出れば一応のゴールを迎えたことにはなりますが、言葉を扱うという意味では『ここがゴール』という地点がありません。果てしない道ですが、その過程では貴重な経験を味わうこともできます。悩み抜いた末に『これだ』という訳語を見つけたときの喜びや、読者からの『この本を読めてよかった』といった反応は、大きな原動力になります。また、自分が原文を読んで覚えた感動や感情を日本の読者に伝えられるのは、かけがえのない体験だと思います。これからも幅広い作品の翻訳に携わっていけたらと思います」

『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』
ファン・ボルム著/集英社
コンテストへの応募を考えている人へ📣
締切に追われると、つい生活が翻訳一色になってしまいがちなので、翻訳から離れる時間を作り、翻訳が生活のすべてにならないように気をつけています。意識して外に出たり、人に会ったり、旅行をしたり、芸術鑑賞をしたりして世界を広げ、視野が狭くならないよう心がけています。ひいてはそれが翻訳の質の向上にもつながると思います。
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