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2024.04.04 UP

出版翻訳家 千葉敏生さん
~Interview with a Professional~

出版翻訳家 千葉敏生さん<br>~Interview with a Professional~
※『通訳者・翻訳者になる本2020』より転載。

売れるかどうかより
自分が楽しめるか

出版専業になって間もない頃、あまりの忙しさから、心身ともに壊れるギリギリのところまで体調を崩した。座りっぱなしの生活、食生活の乱れ、安定収入の喪失など、さまざまな要因が絡んだ結果だったが、これを機に「楽しく仕事をする」ことを第一に考えるようになった。

「外で翻訳するのもそのひとつですし、健康を考えてスカッシュも始めました。週2日はきっちり休み、ノルマ以上に仕事をし、“貯金”をためて平日に休んだりもします。そんな生活に変えたおかげで、今はすごく健康体です(笑)」

「マイペース」と自覚する性格ゆえ、すべての時間を自分で管理できるフリーランス生活が性に合っている。毎回、異なるテーマにぶつかり調べ物の苦労は絶えないが、科学系の本は論理的に書かれていることが多いため、「著者と波長が合うと先の展開が読みやすく、すごく訳しやすい」。何より、訳がハマったときの気持ちよさは格別だ。

「出版翻訳はやっぱり楽しいです。訳していて『自分にまわってきたよかった』と思える本だと、本当にうれしい。最低限、生活していけるだけの収入は必要ですが、売れるかどうかより、自分が楽しめるかどうかのほうが大事かなと思います。数学系はそのひとつだし、ミステリも訳してみたいですね」

千葉さんなら何を頼んでも安心——そう頼られる翻訳者をめざしている。だから絶対に「背景を調べ、原文を完全に理解してから訳す」ことを怠らない。基本を徹底してこそ、応用が利く。

「だからどんなに未知のものを頼まれても、焦ることはないです」

幸運にも恵まれ、上昇気運に乗ったデビュー期、頑張りすぎて陥った落ち込み期——2つの転機を経て至った今の千葉さんは、強く、そして頼もしい。

目下、地中海の歴史に関連した本やフランス料理の元3つ星シェフが書いた自伝を翻訳中。
「世界史に詳しくないので、日々『ローマの歴史』みたいな本を読んで勉強しています。フランス料理もまったく未知の世界。書店のフランス料理本コーナーにずっと居座っています(笑)」(2019年当時)

翻訳の流儀

背景を調べたうえで、著者の言いたいことを読み解き、完全に文意を理解してから、日本語でアウトプットする。そういう方法論を身につけていると、どんなジャンルの本が来ても、一定の品質の翻訳ができるようになります。最近になってやっとその方法論を確実に実践できるようになったので、以前のように「これは無理だ」とか追い込まれることがなくなりました。専門分野がない自分にとっては、この方法論に頼って訳すことしかできないので、とても大事にしています。

翻訳者をめざす人へ

分野にこだわらずまずはやってみる
専門的なバッググラウンドがあり、「この分野はこの人」と思われるような翻訳者の方をうらやましく思います。ただ、専門分野がないからといって、無理に作ろうとする必要はありません。翻訳が好きなのであれば、分野にこだわらずに、まずはやってみることが大事。分野を決めてしまうと発展性がないので、デビューの前や駆け出しのころは、逆にチャンスを狭めてしまいかねません。
 
またチャンスという点では、やはり学校で勉強したほうが広がると思います。師事する先生を決めたら、授業でやる気を見せる。目に留まれば、編集者の方に紹介してくれたり、仕事を振ってくれたりすると思います。こう見えて、僕自身もやる気はあるほうだと思います(笑)。

※『通訳者・翻訳者になる本2020』より転載  取材/金田修宏 撮影/合田昌史 取材協力/フェロー・アカデミー

千葉敏生さん
千葉敏生さんToshio Chiba

1979年、神奈川県生まれ。早稲田大学理工学部数理科学科卒。大学卒業後、フェロー・アカデミーで翻訳を学び、2006 年にフリーランス翻訳者として独立。『僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない デフレしか経験していない人のための物価上昇2000年史』、『半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』(以上、ダイヤモンド社)、『見えない未来を変える「いま」――〈長期主義〉倫理学のフレームワーク〉』(みすず書房)、『スタンフォード式 人生デザイン講座 仕事篇』(早川書房)など訳書多数。