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コロナ禍での公開延期を経て、2022年に興行収入で日本歴代20位内に入る大ヒットとなった『トップガンマーヴェリック』。36年前の前作に続き、字幕を手がけたのは戸田奈津子さんだ。
字幕翻訳の第一人者として、また映画スターの言葉を伝える通訳者として、長年にわたり活躍し続けてきた戸田さんが、後進に伝える言葉とは―
いま、改めてレジェンドの話を聞こう。
トム・クルーズの情熱が
報われたことがいちばんうれしい
2022年、洋画ファンの間では、「トップガン、観た?」ではなく「トップガン、何回観た?」が挨拶になったらしい。20年のコロナ禍以降、観客動員数が落ち込むなか、22年5月に劇場公開され興行収入130億円を突破した『トップガンマーヴェリック』は、まさに洋画界の救世主になった。
「コロナ禍前にできあがっていたのに、劇場が閉鎖されて、2年間ずっと寝かされていたんです。その間、配信による公開の話も持ち上がりましたが、主演でプロデュースも手がけるトム・クルーズは『この映画は大画面でやるべきだ』と頑として譲らなかった。で、開けたらこのヒットでしょ? 何がうれしいって、彼の映画に対する情熱が報われたことがいちばんうれしいんです」
旧知の間柄であるトム・クルーズの成功を自分のことのように喜ぶ戸田さんは、前作『トップガン』(1986年)の字幕も担当している。36年ぶりの続編だが、これまでも前作を見返す機会はあり内容は覚えていたため、今回の翻訳のために改めて見直すことはなかった。
ただし、アメリカ海軍が舞台である本作は、戦闘機に関する用語や、日本とは異なる軍人の階級などが頻出するため、軍事の専門家に監修者として加わってもらい、専門用語についてアドバイスを受けた。前作の時とは、字幕制作を取り巻く環境も異なっているという。
「最近は配給会社が字幕のファクトチェックも行いますが、当時は完全に翻訳者任せ。もちろんわからないことは調べていましたが、それでも間違うことはあったと思います。今回は専門家に監修していただいたおかげで、誤訳の指摘は1件も来ていません」
戸田さんといえば、映画監督やハリウッドスターの傍らで当意即妙に通訳する姿を記憶している人は多いだろう。だが、『トップガン マーヴェリック』の舞台挨拶が行われた時、トム・クルーズの隣に見慣れた戸田さんの姿はなかった。ひっそりと、けれどきっぱりと、今年から通訳者の役を降りる決意を固めたのだった。
「通訳というのは瞬発力が必要ですが、年齢が上がるととっさに対応できないこともあるんです。通訳者がそれでは、映画のために一生懸命尽くしている方々に失礼でしょ? だから降りることにしました。世間の人たちは60歳や70歳で定年なんですよ。私は一回り以上長くやっているんだから、そろそろ辞めたっていいじゃない(笑)」
※ 『通訳者・翻訳者になる本2024』より転載 取材/岡崎智子 撮影/合田昌史
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