• 翻訳

2025.02.26 UP

好きなものを訳すために
企画持ち込みを継続/木下淳子さん

好きなものを訳すために<br>企画持ち込みを継続/木下淳子さん

季刊誌『通訳翻訳ジャーナル』の連載、翻訳者リレーコラムをWebでも公開しています!
さまざまな分野の翻訳者がデビューの経緯や翻訳の魅力をつづります。

振り返ってみれば、わたしが一歩を踏み出す最初のきっかけは、子どもの頃に読みふけっていた海外の児童文学だった。お話の続きが読みたくて、布団に懐中電灯を持ちこんで本を読んでいた子ども時代。なかでも大好きだったドリトル先生、赤毛のアン、宝島など、今思うと海外作品が多かった。もちろん、表紙の翻訳者の名前なんて気にしたこともなかったが、あるとき、たくさんの外国のお話を読めるのは、誰かが日本語にしてくれたからだと気づき、その仕事をする人を‟翻訳家”と呼ぶと知った。それが、わたしの最初の一歩だと思う。

働きながら翻訳学校へ 一時中断も復帰

とはいえ、翻訳家なんてどうやってなればいいかもわからない。結局、大学卒業後、ごく普通の会社に就職した。この頃、心に生まれたのが„あきらめきれない〝気持ちだ。その気持ちに従って、会社勤めをしながら翻訳学校に入った。基礎クラスと児童文芸のクラスを受講したあと、まだまだ修行中のさなかに結婚、出産で勉強を中断。すごろくで言えば一回休み、それもかなり長いお休みだった。それでも心のなかでは、子どもが成長したらまた勉強を再開しようと決めていた。 

その決心通り、数年後、同じ翻訳学校に再入学。今度は迷わず出版文芸のクラスに入った。その後、講師の紹介で、はじめて一冊翻訳させて頂いたロマンス作品がデビュー作。その後も何冊かロマンス作品を続けて翻訳させて頂いていたが、たまたま体調を崩したり、あれこれあって学校をやめ、しだいに仕事のお声もかからなくなった。正直、もう駄目かなあと、珍しくしょんぼりモードだった時期だ。 

でもでも、やっぱりあきらめきれず、もう一度あがいてみようと思ったタイミングで、翻訳学校にあこがれの芹澤恵先生のクラスができると知り、一念発起してクラスに入る試験を受けた。それからあっという間に年月が過ぎて、かれこれ十数年、不詳の弟子として芹澤師匠の元でお世話になっている。

あこがれの翻訳者に師事 持ち込みを開始 

師匠の教えのなかでも特に自分のなかで大切にしているのは『好きなものを訳しなさい』ということ。仕事にする以上、必ずしも実現できるとは限らないし、もちろん頂いた仕事にだってやりがいも愛情もある。それでも自分で発掘した作品を訳すのは幸せなことだ。そのための方法として、持ち込み企画についても、たくさんのことを教わった。 

持ち込み企画こそ、あきらめきれない精神が要求される究極のミッション。師匠に紹介して頂いた編集者さんにコッソリ企画をお見せして敗北、また新しく見つけた原書で企画を作り、編集者さんにコッソリ企画をお見せして敗北、また新しく……。これをしつこく淡々と繰り返し、はじめて採用された企画が、歩いて喋るガイコツくんが活躍するコージーミステリー、『ガイコツと探偵をする方法』(レイ・ペリー/創元推理文庫)だった。 

それからも、ありがたいことに持ち込み企画を経て『壜のなかの永遠』(ジェス・キッド/小学館文庫)、『潜水鐘に乗って』(ルーシー・ウッド/東京創元社)を翻訳させて頂いている。持ち込み企画には版権が取れるかどうかの問題もあり、なにかと苦労も多いが、自分が気に入って翻訳したいと願った作品が書店に並んだ瞬間は、全部の苦労が吹っ飛ぶくらい幸せだ。その瞬間を楽しみに、今日も明日も‟めげずあきらめず”、千里の道をゆっくりてくてく、歩いて行きたいと思っている。

※ 『通訳翻訳ジャーナル』2025冬号より転載

木下淳子
木下淳子Kinoshita  Jyunko

翻訳者。主な訳書『潜水鐘に乗って』(ルーシー・ウッド/東京創元社)、『壜のなかの永遠』(ジェス・キッド/小学館文庫)、『ガイコツと探偵をする方法』『ガイコツは眠らず捜査する』(レイ・ペリー/創元推理文庫)など。
*『通訳翻訳ジャーナル』2025年冬号・掲載当時*