季刊誌『通訳翻訳ジャーナル』の連載、翻訳者リレーコラムをWebでも公開しています!
さまざまな分野の翻訳者がデビューの経緯や翻訳の魅力をつづります。
スクールで学びデビュー自己管理の大切さを実感
おかしい。最初に計画を立てたときは、1日4ページ訳せば余裕で終わるはずだったのに、1カ月後に改めて計算したら、1日6ページやらないと終わらない。どうしてこんなことに。しかも、1日のノルマが終わるまで寝ないようにしていたら、2時だった就寝時間が、3時、4時、6時……とどんどん朝に近寄っていく。
こんな翻訳者はほんの一部だと思いますが、翻訳というのは自己管理が必要な仕事だとしみじみ思います。
通訳する友人に刺激
会社員から翻訳の道へ
そもそも翻訳者をめざしたきっかけは、テレビを観ていたら、大学時代の同級生が国際会議の場で通訳しているのが目に飛びこんできたことでした。自分は大学を卒業してから数年間何をしていたのか、この先何をしたいのかと自問し、一生の仕事を身につけたいと考えました。
そこで会社を辞めて、翻訳スクールの門を叩きました。出身が大阪外国語大学の中国語学科で、語学に興味があった、という単純な理由です。そして翻訳スクールに通い、越前敏弥先生に師事。翻訳のスキルとともに、翻訳とは何かを教わり、少しずつ下訳をさせていただくようになりました。
その後、翻訳の勉強の役に立つかもしれないと考え、実務翻訳の会社でチェッカーのパートをすることにしました。取扱説明書からプレスリリース、特許、分冊雑誌までいろいろなジャンルの翻訳チェックをするなかで、さまざまな英文と、クライアントの要望に応じた多様な翻訳にふれられたのは良い経験でした。また大量の英文を読む訓練にもなりました。月々見込みが立つ収入源が得られるという意味でも大きかったと思います。
講師の紹介でデビュー
読書会は良い経験
はじめての単独の訳書は、デボラ・マッキンリー『パリで待ち合わせ』(2015年/早川書房刊)というフィクションでした。書簡のやりとりによる大人の恋愛を描いた小説で、いまでも大切に思っている一冊です。越前先生からご紹介いただいた仕事でした。現在は、ミステリを中心に訳しています。毎回、担当の編集者さんとのやりとりのなかで学ぶことが多くあります。また、〝よい本にしよう〟という同じ思いでつながった方たちとの共同作業がとても好きです。
2015年から5年ほど、読書会の世話人をつとめました。これはとても貴重な経験でした。課題書を決めて、それについてみんなであれこれ語るのですが、まず課題書を決める段階でものすごく勉強になるのです。どの本にするか決めるのに、もうひとりの世話人とああでもないこうでもないと話し合い、自分がおもしろいと思った作品、あるいは読者の賛否が分かれそうな作品をひとつ決めます。当然、出たばかりの話題の作品をチェックし、何冊も読んでみたりするわけです。
〝翻訳の仕事をはじめると、本を読む時間がとれなくなるから、読めるうちにどんどん読んでおくといいよ〟と何人かに言われたことがありますが、ほんとうにそのとおり。課題書選びがあったおかげで、読書量が大幅に増えました。
また当然、読書会で参加者のみなさんの意見が聞けるのは、ただおもしろいだけではなく、翻訳者として良い体験だったと思っています。どんな角度から作品を読み解くのか、読者がどこをおもしろいと思うのか、読書会は生の声を聞く非常に良い機会です。何より、年齢も職業も趣味もちがう、本好きの人たちが集まる場は、とても楽しいです。懇親会でも、みなさんからおすすめ本や関連本の情報を得たりして、読みたい本がますます増えていきます。
今後はミステリのみならず、いろいろな分野を翻訳してみたいと思っています。そのために、本をたくさん読み、自分で作品を持ちこみたいと考えています。まずは強く願うこと、願いを叶えるための一歩をどこからでもいいから踏みだしてみること。それで何かが変わると(結構本気で)信じています。あ、あと、翻訳していると運動不足になるので、それも含めて自己管理を徹底していきたいです。
※ 『通訳翻訳ジャーナル』2024年冬号より転載
翻訳者。大阪外国語大学中国語学科卒。主な訳書に『アオサギの娘』(ヴァージニア・ハートマン/早川書房)、『塩の湿地に消えゆく前に』(ケイトリン・マレン/早川書房)、『死の10 パーセント』(フレドリック・ブラウン/創元推理文庫、共訳)など。