季刊誌『通訳翻訳ジャーナル』の連載、翻訳者リレーコラムをWebでも公開しています!
さまざまな分野の翻訳者がデビューの経緯や翻訳の魅力をつづります。
2023年5月に刊行された訳書『闇の牢獄』は、スウェーデンが舞台の警察小説で、設定は2003年。作中に出てくる当時の出来事のいくつかは、つい最近起こったことのように思っていたのですが、すでに20年もの月日が流れていました。わたしが文芸翻訳の勉強を始めたのもちょうどその頃、2000年代初め頃のことでした。
偶然に見つけた勉強会で文芸翻訳と出会い、その後、生計を立てるための仕事を優先するなかで、翻訳は趣味としてかかわっていこうと決めたはずが、機会に恵まれ、いつも何かの仕事とかけもちで小説やノンフィクションの翻訳に携わっています。この1年ほどは、一般企業でのフルタイムの派遣の仕事と翻訳を兼業しています。体力的にきついと感じることはあるのですが、さまざまな職種の人々とのかかわりから学ぶことは多く、職場での経験が翻訳に生きることも、逆に翻訳者としての経験を職場で生かせることもあって、忙しいながらも今の生活が結構気に入っています。
実務翻訳から翻訳者のキャリアをスタート
新卒で就職した会社を1年目で辞めてしまったわたしは、自分にできること、続けられることを探し、当時のわたしの手に届くところにあった英文事務や秘書の仕事を通して、簡単な翻訳の仕事をするようになりました。仕事としての翻訳と出会ったのはこれが最初です。そのころ翻訳が楽しかったかといえばそうでもなかったのですが、何かをきちんとできるようになりたい気持ちがはたらき、かなり真剣に取り組んでいました。
その後、育児中で家にいることの多かった時期に、翻訳学校の通信講座で翻訳の基礎と契約書の翻訳を学びました。講座修了後、運よく同じ翻訳学校の系列の翻訳会社から市場調査レポートの英訳の仕事を紹介されたのを機に、在宅で実務翻訳の仕事を請け負うようになりました。
仕事はほとんど途切れることがありませんでしたが、これといった専門分野を持たないままではやりがいも見いだせず、これからどうしようかと考えながら過ごしていました。ちょうどそのころ、購読していたメールマガジンで、私の地元関西で当時開催されていた出版翻訳の自主勉強会の存在を知り、通うようになりました。これが、2000年代初めのことでした。
その勉強会に講師として来てくださっていたのが、恩師となる文芸翻訳家の田村義進先生で、扱う作品は先生が訳されているミステリが中心でした。すでに訳書のあるメンバーもいて、毎回そこで聞く議論も目にする訳文もレベルが高く、とても自分にはたどりつけないと思うと同時に、わたしもこれがやりたい、少しでも近づいてみたいという気持ちが芽生えていました。
勉強会で恩師と出会う
下訳をきっかけにデビュー
目標ができたので、そこからは順調……ではありませんでした。実際に訳そうとしてみても、自分の訳文はみんなのように小説の文にならないんです。長い修行の始まりでした。
5年ほど経った頃、とある翻訳コンテストで選ばれ、実用書の共訳者のひとりとして採用されます。これが訳書としてクレジットされる最初の仕事になるはずだったのですが、出版までに5年かかってしまいました。そのあいだに先生の下訳を経て、紹介していただいたエージェントからの依頼で翻訳した別の実用書が初めての訳書となりました。ようやく訳者デビューにたどりついたのですが、当時シングルで子育て中だったわたしは、生活のため、ここで再就職の道を選びます。これ以降は翻訳は趣味で、と決め、まわりにも宣言したのですが……。ありがたいことに、その後に依頼された訳書の仕事はどれもおもしろく、気がつけばやっぱり翻訳にのめりこんでいました。
現在は、早ければ2023年後半に刊行される予定の文芸作品の翻訳に取り組んでおり、念願だった小説の仕事が続いています。この先、いま歩いている道がどこへ続いていくのかはわかりませんが、しばらくは目の前に見えている道をもう少し先まで行ってみようかなと思っています。
※ 『通訳翻訳ジャーナル』2023年秋号より転載
翻訳者。おもな訳書『闇の牢獄』(ダヴィド・ラーゲルクランツ/ KADOKAWA)、『追憶の東京 異国の時を旅する』(アンナ・シャーマン/早川書房)、『THE LAST GIRL −イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語』(ナディア・ムラド/東洋館出版社)など。