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2023.06.15 UP

40代で夢を叶える 子育てと仕事のはざまで/関 麻衣子さん

40代で夢を叶える 子育てと仕事のはざまで/関 麻衣子さん

季刊誌『通訳翻訳ジャーナル』の連載、翻訳者リレーコラムをWebでも公開しています!
さまざまな分野の翻訳者がデビューの経緯や翻訳の魅力をつづります。

1日の始まりは、寝起きの悪い娘ふたりを起こし、朝食を用意して、学校へ送りだすこと。すでにこの時点でグッタリですが、二度寝するわけにもいきません。40代になってようやく、長年の目標だった出版翻訳の仕事ができるようになったのですから。

振りかえってみると、私には子どもの頃から〝オタク気質〟があったように思います。小学生時代の夢は少女漫画家。ほかの子たちが元気に外遊びをする放課後に、友達と家に引きこもってひたすら漫画を描いていました。萩尾望都さんの短編をまるまる模写したことも
ありましたが、子どもながらに才能の限界を感じて、6年生のときに漫画家の夢は断念しました。

その後は5歳から始めたピアノに凝りはじめ、中学、高校、大学、社会人まで続け、発表会前などは1日5時間ピアノを弾く日々でした。難解な楽譜を読みとき、コツコツと数カ月かけて曲を完成させる。音大生でもないのに、なぜあんなに夢中になって練習したのか不思議です。あれ、ここまで翻訳の話が全然出てきませんね(笑)。ですが、今思えば翻訳者としての根気強さや探究心は、ピアノで培われたように思います。

社会人3年目に 翻訳スクールへ

大学で英文学を学んだり、海外ミステリを読みふけったりしたことがきっかけで、出版翻訳に興味を持ちはじめました。初めて翻訳スクールの扉を叩いたのは、社会人3年目。まずは初心者コースから受講し、次に布施由紀子先生の演習クラス、その後、田村義進先生のゼミクラスへと進みました。訳すことの楽しさにとりつかれ、会社勤め以外の時間をほとんど勉強に費やしていましたが、なかなか仕事をいただけるほどのレベルには至りません。クラスの全員が同じ訳をしているのに、ひとりだけぶっ飛んだ誤訳をして、先生に笑われることもしばしば。会社勤めをしながらの、長い長い修業時代を過ごすことになりました。

下訳や短編の仕事がいただけるようになった矢先に、出産で翻訳をいったん離れることになりました。戻るつもりでいたのですが、初めての育児があまりにも大変で、もしかすると学習を続けるのは難しいかも……と思っていた頃、一度授業を聴講させていただく機会がありました。そこでクラスの皆さんや先生の熱い議論を目の当たりにして、やはり自分の居場所はここしかない! と改めて思ったのを覚えています。今の自分があるのは諸先生方はもちろん、勉強仲間の皆さんのおかげでもあると思っています。

2冊目で ミステリを翻訳

二度の出産を経て、なおしつこくクラスに復帰したのちに、下の子どもが3歳になった頃、一度思い切って会社勤めを辞めてしまいました。そこからはエージェントの紹介でノンフィクションの翻訳をしながら、希望しているフィクションのジャンルでひたすらリーディングをしていました。そして、運よく2冊目の依頼でミステリの作品を訳す機会に恵まれました。それが『完全記憶探偵』(デイヴィッド・バルダッチ著/竹書房)でした。その後もさまざまなジャンルの書籍を翻訳し、『弁護士ダニエル・ローリンズ』(ヴィクター・メソス著/早川書房)では初めて版を重ねることもできました。

現在は、光栄なことにブッカー賞候補作品に携わっています。新たな作品と出会うたびに原作のすばらしさを日本の皆さんに伝えたいという一心で、ひたすらキーボードを叩く日々です。

翻訳の仕事の魅力は、作品世界にどっぷりと浸かれることではないかと思います。悩み事があっても、作業に没頭しているうちになぜか忘れられる。私にとって、翻訳は仕事であるだけでなく、セラピーのような癒しの効果もあるようです。まあ、訳文が出てこなくて四苦八苦する生活がセラピーとは、自分も相当な変わり者だと思いますけれど。これからも謙虚な心を忘れずに、作品と向きあっていきたいと思っています。

※ 『通訳・翻訳ジャーナル』2023年春号より転載

関 麻衣子
関 麻衣子Maiko Seki

英日翻訳者。主な訳書に『ボーイズクラブの掟』(エリカ・カッツ著)、『弁護士ダニエル・ローリンズ』(ヴィクター・メソス著/いずれも早川書房)、『殺人ゲーム』(レイチェル・アボット著/KADOKAWA)、『完全記憶探偵』(デイヴィッド・バルダッチ著/竹書房)など。