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2025.04.11 UP

第19回 スウェーデン マルメ
ヘレンハルメ美穂さん(生活編)

第19回 スウェーデン マルメ<br>ヘレンハルメ美穂さん(生活編)
※『通訳翻訳ジャーナル』2025年SPRINGより転載

海外在住の通訳者・翻訳者の方々が、リレー形式で最新の海外事情をリポート! 
海外生活をはじめたきっかけや、現地でのお仕事のこと、生活のこと、おすすめのスポットなどについてお話をうかがいます。

ヘレンハルメ美穂さん
ヘレンハルメ美穂さんHellén-Halme Miho

スウェーデン語翻訳者。南スウェーデンのマルメ在住。訳書にラーソン『ミレニアム』三部作(共訳、早川書房)、ナット・オ・ダーグ『1793』三部作、ペーション『アフガンの息子たち』(以上、小学館)、ウースマ『北極探検隊の謎を追って』、リンドクヴィスト『「すべての野蛮人を根絶やしにせよ」─『闇の奥』とヨーロッパの大量虐殺』(以上、青土社)、リンドグレーン『山賊のむすめローニャ』新訳(岩波書店)など。

移民や若者が多く、小さいけれど活気ある都市

18年前に移住してから現在まで暮らしている都市、マルメは、スウェーデン最南端のスコーネ地方に位置しています。17世紀半ばまで隣国のデンマーク領だったので、スウェーデン領となったいまも独特な文化が残っています。現在はデンマークとの間に橋がかかっていて、その首都コペンハーゲンからマルメまでは電車で30分ほど。スウェーデンの首都ストックホルムまでは高速列車で4時間半かかるので、地理的にも心理的にも隣国の首都のほうがずっと身近です。

スコーネは山のない、平たくて空が広い地方で、街を出るとすぐに地平線が見えます。日本で育った私は山が恋しくなることも多いですが、いまとなってはこの広々とした風景を見るとほっとします。春になって菜の花畑があざやかな黄色に染まり、明るい夏がやってきて、少しずつ秋の霧が出はじめる季節の移り変わりの美しさには、毎年感嘆させられています。

マルメはスウェーデン第三の都市ですが、人口は35万人程度。日本の基準で考えると、大都市という感じでは全然ありません。徒歩と自転車でどこへでも行ける小さな町ですが、適度に都会で暮らしやすいです。かつては造船業で栄えた町で、いまでも労働者の町というアイデンティティが強く残っています。人口構成的に若者が多いこともあってか、裕福ではなくともエネルギッシュで好奇心が強く、気取りのない雰囲気があると感じます。

スウェーデンは実はかなり移民を受け入れている国ですが、その中でもマルメはとくに外国にルーツをもつ人が多いことで有名です。住民の約3分の1は外国生まれで、世界186カ国にルーツをもつ人々が暮らしているそうです。そのため外国人として暮らしていてもなんの違和感もなく、町を歩いているといろいろな国の言葉が聞こえてきて、旅行せずとも世界各地の人々に会える楽しさがあります。もちろん、経済的格差の拡大、それにともなう組織犯罪の増加、政治の右傾化など、さまざまな問題があることもまた事実です。とはいえ日常は平和なものですし、小さな町でありながらコスモポリタンな雰囲気もあるのが、私にとっては大変過ごしやすく興味深いです。

夏になると賑わう町のビーチ。背景に見える白いビルには“ターニング・トルソー”という名前がついている。
夏になると賑わう町のビーチ。背景に見える白いビルには“ターニング・トルソー”という名前がついている。

日本とは異なるスウェーデンの国民性

日本の感覚とは違うと感じる点は、スウェーデンに限らないと思いますが、受動的に待っているだけでは何の情報も得られず、物事が動かないこと。何か疑問に思ったり、やりたいことがあったりしたら、勇気を出して聞いてみると、そこから思わぬ扉が開く感覚があります。情報だけでなく、人とのつながりも同じかもしれません。土地柄、外国人だからといって特別視されることは一切ありません(というか、出身地を聞かれることすらほぼ皆無です)。また比較的シャイな国民性でもあるので、待っているだけでは放っておかれて、知り合いが全然できないということも起こり得ます。そもそも相手が何を求めているかを察して先回りするということがあまりなく、むしろ「相手が何も言わないのにこちらが勝手に何かするのは失礼だ」という感覚が少しあるようです。なので、困っているときに助けてくれない冷たい人々のように見えるかもしれませんが、実はこちらが困っていると伝えればすぐに快く助けてくれるのです。そこは日本と少し違うと感じます。

また、日照時間の短いスウェーデンの暗い冬を乗り切るには早寝早起きがいいと聞いて、以来できるかぎり実践しています。冬は朝9時ごろまで外が明るくならない時期もありますから、放っておくとだんだん一日の開始が遅くなって、朝が億劫になってしまうのです。そのため、無理やりにでも早起きをする習慣をつけています。周囲を見ても、一年を通じて朝早くから活動している人が多く、日本と比べると社会全体が明らかに朝型です。そのほうが冬をうまく乗り切れるからなのかもしれません。

マルメの中心部を流れる運河と、その脇の散歩道。
マルメの中心部を流れる運河と、その脇の散歩道。

海岸沿いの散歩道、サイクリングロード。遠くに見えるのが、デンマークとスウェーデンを結ぶ橋。
海岸沿いの散歩道、サイクリングロード。遠くに見えるのが、デンマークとスウェーデンを結ぶ橋。

住んでいて感じる都市の変化

私は東京からマルメに引っ越してきたので、当時は本当に何もない小さな町だなという印象でしが、現在までで商業化というか消費社会化が進んだと思います。18年前には、ショッピングモールに行けば90年代に訪れた旧共産圏のデパートを彷彿とさせ、食欲をそそられるレストランはあまりなく、人々もお洒落という印象は全然なかったのですが、いまやモールはすっかり小綺麗になりましたし、人々の服装も垢抜けてきた気がします。そして以前とは比べものにならないぐらい外食産業が栄えていて、いろいろな国の美味しい料理がどんどん紹介されるようになってきました。

ただ、それでも娯楽施設がたくさんあるわけではありません。外食産業も栄えているとはいえけっこう高いですし、みな自分で料理をすることに興味が向くようです。この国には日本のようなグルメ番組は皆無ですが、料理番組はたくさん放送されますし、毎年びっくりするほどたくさんの料理本が出版されて、しかもそれがよく売れます。お金を出して何かを消費する楽しみだけを追求するよりも、自分で何かを作りだしたり、体を動かしたりすることを楽しめると、ここでの生活が楽しくなると思います。

少し郊外に出るとこんな風景が広がる。5月は菜の花畑が美しい。
少し郊外に出るとこんな風景が広がる。5月は菜の花畑が美しい。

地元のオススメスポット

マルメ自体には観光スポットと呼べるものがほとんどなく、「マルメ最大の観光地はコペンハーゲン」と冗談になるほどです。が、心地よくのんびり過ごせる場所なら、町中にも郊外にも数えきれないほどあります。夏であればもう、どこでもおすすめです。公園を散歩したり海岸沿いを自転車で走ったりするだけでも最高に気持ちいいです。

なのであえて真冬の見どころ、マルメの南にある半島のさらに先のほうに伸びている砂洲、モークレッペン(Måkläppen)を紹介します。日本ではほとんど知られていないと思いますが、私にとっては何度行っても飽きない場所で、天気のいい日を狙ってほぼ毎年訪れています。生息するアザラシや野鳥の保護のため、毎年11月から1月までの3カ月間しか立ち入ることができません。砂洲の先のほうへ向かってしばらく歩くと、町の気配がはるかに遠くなり、見渡すかぎり海、砂、空だけの世界になって、大自然に包まれる感覚を味わえます。

モークレッペンの風景。「写真では伝わりにくいのですが、海に包まれるように感じる不思議な場所です」
モークレッペンの風景。「写真では伝わりにくいのですが、海に包まれるように感じる不思議な場所です」