海外在住の通訳者・翻訳者の方々が、リレー形式で最新の海外事情をリポート!
海外生活をはじめたきっかけや、現地でのお仕事のこと、生活のこと、おすすめのスポットなどについてお話をうかがいます。
スウェーデン語翻訳者。南スウェーデンのマルメ在住。訳書にラーソン『ミレニアム』三部作(共訳、早川書房)、ナット・オ・ダーグ『1793』三部作、ペーション『アフガンの息子たち』(以上、小学館)、ウースマ『北極探検隊の謎を追って』、リンドクヴィスト『「すべての野蛮人を根絶やしにせよ」─『闇の奥』とヨーロッパの大量虐殺』(以上、青土社)、リンドグレーン『山賊のむすめローニャ』新訳(岩波書店)など。
スウェーデンへの移住を経てミステリ作品の翻訳を担当
現在は主にスウェーデン語の書籍を訳していますが、もともと大学ではフランス語専攻でした。卒業後にフランスに留学していたときに多くの北欧からの留学生と交流したことが、北欧の文学に興味を持ったきっかけです。帰国後は英語やフランス語の実務翻訳をしつつ、出版翻訳の学校に通いました。最初の訳書はフランス語からで、出版翻訳を扱う翻訳会社リベルに声をかけていただいて実現しました。
スウェーデン人の夫とはフランス留学中に知り合いましたが、私が日本に帰国したあとに彼も日本で就職し、3年ほど東京で暮らしました。私もスウェーデン語を勉強するようになり、いずれはスウェーデン語の翻訳ができたらという思いもあったので、夫と相談して、公平になるように少なくとも3年ぐらいはスウェーデンで一緒に暮らしてみようと決め、移住したのが2006年の春です。結局、予定の3年を大幅に過ぎてもまだここにいるので、水が合っているのだと思います。
移住してからは必死でスウェーデン語を勉強し、その年の末には大学入学資格に相当する試験に合格しました。またそのタイミングで、スウェーデン語の書籍翻訳の依頼をいただきました。アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム著『制裁』(当時は講談社、現在は早川書房より復刊)です。北欧ミステリが世界的に流行する直前のことで、とても運が良かったと思っています。
翻訳と並行して地域の図書館での仕事も
翻訳の仕事は、主に自宅の仕事場で行っています。街の中心部に近いアパートですが、窓の外が自転車道路の街路樹なので静かで目に優しく、とても気に入っています。集中できないときには場所を変えて、図書館で仕事をすることも多いです。最近は広くて眺めも良い市内の大学図書館によく行きます。
ほぼフルタイムで翻訳業に専念していた数年前までは、平均して年に3〜4冊のペースで翻訳をしていましたが、現在は隣町ルンドの大学で図書館情報学の修士課程に在籍しており、市立図書館でバイトもしているので、年に1〜2冊、プラス絵本1冊ぐらいのペースで続けています。一番新しい訳書のイェニー・ヤーゲルフェルト著『コメディ・クイーン』(岩波書店)は持ち込みから翻訳刊行が実現しました。校正刷りを何度読んでも泣いてしまうほど感情が揺さぶられる本で、児童書ですが、大人の読者にもぜひ読んでいただきたいです。
出版翻訳は基本的に日本向けの仕事ですが、スウェーデンのローカル社会にもなんらかの形で貢献したいという思いがあり、翻訳のかたわらいろいろな仕事をしてきました。その中で、おもしろくて今も続けているのが、多言語環境で育っている子どもたちを対象に、図書館で言語や翻訳の話をするワークショップです。この仕事を通して、人々の読書と情報リテラシーを支える図書館の活動に興味を持ち、ちゃんと勉強してみたいと考えて修士課程への進学を決めました。図書館情報学にはAIやアルゴリズムの話も入ってくるので、とても興味深く、現代に必要な知識だと思っています。
スウェーデンで働いていると、こちらの人は日本人と気質が似ていると思うことが多いです。とにかく会議が好きで、話し合ってコンセンサスを取ることを大切にしています。その際に上下関係などの序列があまりなく、人間関係がフラットなのは私にとってたいへん楽です。ただ分担と責任範囲がはっきりしているせいか、意思決定は素早いと思います。
フィールグッド小説や先住民族に関する本が話題に
こちらでよく読まれている本の傾向をみると、いわゆるフィールグッド小説、つまり読んでいて前向きになれる癒し系の本の人気が高く、図書館でも専用コーナーを作っていたりします。またテーマでいうと、近年北欧の先住民族であるサーミ人をテーマにした作品が注目されています。サーミ人が弾圧されてきた歴史を描いたものはフィクション・ノンフィクションを問わずありますし、サーミ語文学やサーミ語への翻訳も盛り上がっているようです。また、老いをテーマにした作品や、有害な男らしさに関する問題、例えば父と息子の関係などを描いた作品も、良いものが増えている気がします。スウェーデンの純文学はまだあまり日本に紹介されていないので、私自身も、このようなテーマを扱う純文学をこれから訳してみたいと思っています。
また日本でも近年、少しずつ声が上がってきているように思いますが、スウェーデンでも文芸翻訳者への報酬の低さが定期的に話題になります。スウェーデンの場合は、作家組合の翻訳者部門という形で文芸翻訳者の組合のようなものがあり、最低料金などを決めるために出版社協会と交渉しています。ただ数年前に交渉が決裂したため、現在は最低料金や契約内容は義務ではなく、あくまでも「推奨」という形になっているそうです。交渉決裂の原因となったポイントは、オーディオブックなど二次使用に伴う支払い条件だということでした。日本でも電子書籍やオーディオブックが近年普及してきていますから、けっして他人事ではなく、これから業界慣行を確立していくにあたってぜひ翻訳者の意見も聞いてほしいと思うところです。
<ある1日のスケジュール>
05:00 起床、自宅でヨガの練習
07:30 朝食、身支度を整えて大学へ
09:00 図書館でメールチェック、大学の課題をやるか、翻訳作業。そのあと授業
14:00 帰宅、大学の課題をこなす、翻訳作業
*その日に何をどこまでやるかは、前週の日曜日か、遅くとも前日には決めておくので、それを終わらせる
17:30 ジム or サイクリング、夕食の準備、夕食
20:00 課題や翻訳の続き、読書
22:00 就寝