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2023.05.29 UP

第5回 ギャグテイストの作品や歌詞の翻訳はどう工夫する?
『絶対無敵スクイレルガール:けものがフレンド』

第5回 ギャグテイストの作品や歌詞の翻訳はどう工夫する?<br>『絶対無敵スクイレルガール:けものがフレンド』
*『通訳・翻訳ジャーナル』2023年夏号より転載

アメコミ翻訳家の御代しおりさんが、翻訳の工夫や苦労&アメコミ作品の魅力を語り、季刊「通訳翻訳ジャーナル」で人気を博した連載「アメコミ翻訳WONDERLAND」をWebでも公開!

歌詞の訳は歌えるように工夫!

今回の作品は『絶対無敵スクイレルガール:けものがフレンド』。タイトルからもお察しがつくように、私が今まで扱うことの多かった単なるストーリー漫画とは異なり、ギャグテイストの一冊になっています。それだけに戸惑うことも多かった作品です。

『絶対無敵スクイレルガール:けものがフレンド』
『絶対無敵スクイレルガール:けものがフレンド』
ライアン・ノース、スティーブ・ディッコ、ウィル・マレー 作/
エリカ・ヘンダーソン、スティーブ・ディッコ 画
御代しおり 訳
ヴィレッジブックス

突然ですが、皆さんは歌詞の翻訳をしたことがあるでしょうか。以前こちらのコラムで取り上げた『マイリトルポニー』で、作中オリジナルソングの歌詞翻訳は経験しましたが、今回の『スクイレルガール』ではギャグ漫画らしく「スパイダーマンのテーマ」の替え歌を主人公が冒頭から歌い出します。

つまり音源ありきの翻訳で、特に上から指示はなかったものの、せっかくなら歌えるようにしたい…! と勝手に張り切り、結果、そこそこ苦労することとなりました。

その歌詞がこちらです。

<原文>
Squirrel Girl, Squirrel girl! She’s a human and also squirrel!
Can she climb up a tree? Yes she can easily.
That’s whyyyy Her name is squirrel Girl! (中略)
Squirrel Girl, Squirrel Girl!
Powers of both squirrel and girl Finds some nuts, eats some nuts!
Kicks bad guuuuuys’ evil butts!
To her, life is a great big acorn!
Where there’s a city crimetorn, You’ll find the squirrel girl!!!

<訳文>
スクイレルガール、スクイレルガール! あのコはリス娘!
木登りできるの朝飯前よ。
だからぁ、スクイレルガールなんじゃない!(中略)
スクイレルガール、スクイレルガール!
リスの力に女子力も! ナッツ見つけりゃパクついて、
悪党のおケツはゲッシゲシ。
人生はドングリよ。
街が犯罪に染まったら、スクイレルガールの出番!

こちらの歌詞は実際に歌えるようになっています。
もしお時間がありましたらYouTubeで「スパイダーマンのテーマ」を検索して歌ってみてください。

振れ幅が大きな単語&ボケにも手を焼く

また、今作で頭を捻らせられたのが“nuts”という単語の使い方。
直訳すればまさしく木の実の意味なのですが、俗語だと「気が狂った」「バカげた」「ヤバい」という意味から、「素敵な」「夢中」という意味までかなり振れ幅の大きな使い方をする単語になっています。

スクイレルガールはリス人間なので食べるのはもちろん、単語的にも“nuts”が大好物。さらに、このコミックでは珍しく読者のお便りコーナーがついているのですが、そこでも読者の皆さんが気の利いた文章を送ろうと、そこかしこで“nuts”が出てきました。

上手く訳したいものの、出てくる“nuts”の数に苦戦し、大部分はフリガナにナッツをつけて対応しましたが、ときどきは「ざっとこんなもん」にかけて「ナッツこんなモン」(We’ve got nuts)と訳してみたり、お便りコーナーで頻出する「素敵な」の意味での“nuts”を「素敵ナッッ」と訳してみたり、できる限り奮闘したのを覚えています。

そして今作は以前ご紹介した『グウェンプール』と同様に、私が翻訳を初めて手がけるキャラクターだったのですが、そういったキャラクターの場合、悩まされるのが決め台詞。しかも今回はまたもや“nuts”がかかっている“So let’s get nuts!”というものでした。

これはさすがにキャラクターの本質上“nuts”を無視できない一方で、ニュアンスはわかるといえばわかるのですが、どうもしっくりくる訳が降りてこない…というわけでかなりの時間悩み、結局「ハジけたるでぇ!」に落ち着きました。
原文の意味を尊重しつつ、木の実はハジけることもあるのでこう訳してみたのですが、いかがでしょうか。

加えて、『スクイレルガール』は枠外に各ページに対応するボケやツッコミが用意されているのも特徴でした。内容を読んでいないとピンとこないものが多いので何とも紹介しにくいのですが、ツッコミはともかく、ボケに関してはそれが冗談なのか本気なのか区別がつかず、実に難儀しました。

しかし苦労した甲斐はあり、できあがった本作は他の作品に増して愛おしい作品になりました。手のかかる子ほど可愛いというのは本当かもしれません。素敵ナッッ読者の皆様はどう思われますか?

ほかの訳例も紹介!

〇ボケの例
(コロッケ屋さんが出てくるページの枠外で)
If you want to stop reading the comic to get some falafel, I understand. In fact I might join you!
→コミックの途中だけど、コロッケ買いに行ってもいいよ。僕もついてくから!

御代しおり
御代しおりShiori Miyo

アメコミ翻訳家。青山学院大学文学部歴史学科卒。大学在学中からアルバイトでアメコミの下訳を始め、出版社勤務を経てフリーランスとして独立。2010年に『バットマン:ダークビクトリー vol.1』(ヴィレッジブックス)で共訳デビュー。訳書に「グウェンプール」シリーズ(ヴィレッジブックス)など。