アメコミ翻訳家の御代しおりさんが、翻訳の工夫や苦労&アメコミ作品の魅力を語り、季刊「通訳翻訳ジャーナル」で人気を博した連載「アメコミ翻訳WONDERLAND」をWebでも公開!
かわいい人気キャラクターのコミックを担当
今回は私にとって思い出深い本、『マイリトルポニー:ポニーテールズ』(以下「マイリトルポニー」)を取りあげたいと思います。マイリトルポニーはアメリカの人気女児向け玩具をメディアミックス展開した人気シリーズで、この作品もその中の一冊です。カラフルな仔馬たちが活躍するストーリーが6話収録されています。
さて、この本を出す前、2013年の私は焦っておりました。その頃の私の翻訳作品はいずれもヴィレッジブックス編集長の石川裕人さんとの共訳ばかり。他の訳者の方はみな独り立ちしているというのに、二年近く仕事をやっていて共訳しか出せない自分が情けなく、とてもみっともないものに思えていたのです。
そんな折に話が舞い込んだのがこの「マイリトルポニー」でした。見慣れないけれど可愛い絵面に癒されつつ、翻訳してみたらさあ大変。この書籍はオムニバス形式で話が進むのですが、そのいずれの話にも翻訳に苦労するくせのある台詞が出てきたのです。
まず例えば、学校で図書館の本を順番に並べる作業をするというシーン。向こうの本棚の配置がアルファベット順なのに対し、日本は「あかさたな」順ということでなかなか頭を使いました。次のような掛け合いの台詞です。このように、日本語の「あかさたな」に対応させて訳しています。
先生:Mare about you…neigh of the warrior…Marble universe?
生徒:But it’s not called ‘Marble universe’ Look at again.
先生:The official hand book…, hurm, you’re right.
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先生:『向かいのロバ』『武者のいななき』『マーブル・ユニバース』?
生徒 : その本のタイトルをよく見てください
先生 :『最も詳しい……』あら、本当だ
ギャグや言葉遊び、パロディの訳と格闘
言葉遊びやギャグも多くありました。ピンキーパイというキャラクターが自己紹介をするときに「i」と「eye」をかけて
“Pinkie Pie! Two P’s two E’s, and three eyes” と語るのを、
「ピンキーパイ! ローマ字で書くとPとEが二つずつに愛が三つ」と訳してみたり。
ギャグについてはラリティとアップルジャックというキャラの掛け合いで出てきました。
Hog heaven という夢見心地、桃源郷を表す単語があるのですが、ラリティにエステを勧めたアップルジャックがこの単語を使って
“You’ll be in hog heaven”(桃(とう)源郷もかくやってさ)と語ります。
ところが普段から美容に人一倍関心のあるラリティはそのhog(=豚)の部分だけを聞き取り、「豚(とん)がなんですって!」と大慌て。
アップルジャックは “It’s an expression”(桃だよ、桃)と笑って注意するシーンです。
これも日本語でhog heavenとhogのかけ違いを上手く表す単語がぱっと思いつかずに苦労しました。
謎のパロディもありました。まったく関係ないのに映画『ブレードランナー』の名台詞が出てくるシーンです。
“We’ve watched rainbows glitter with sadness near the Tannhauser gate.”
「悲しみが輝きを織り成すタンホイザーゲートの虹」
これも元ネタを知らない限り忠実には訳せないので、検索を繰り返してなんとか形にした覚えがあります。
とにかく可愛い絵柄に反して何かと難易度の高い訳を要求してくるマイリトルポニー。しかし苦労した甲斐は確かにありました。この本の奥付の訳者欄にはたった一人の名前「御代しおり」が刻まれていたのです。今でもあの時の感動を忘れることはできません。結局修正は入るので誰かのお世話になっていることには変わりないのですが、それでも独り立ちできた達成感はじーんとくるものがありました。
惜しくもマイリトルポニーのシリーズはこの後ヴィレッジブックスからは出ることがなかったので、以後は関わることができませんでしたが、今でもキャラクター達には愛着を持っています。
ほかの訳例も紹介!
〇有名な作品のパロディ
“The horseback of Notre Dame, Ponies and prejudice…”
→「ノートルダムの鐘付き馬、ポニーと偏見…」
〇韻を踏んだ台詞
You’ll never believe! → イカれた話さ
The health’s warming eve → 一家だんらんのイブの日に
An unwanted guest → ムシできないような
became such a pest → お邪魔虫が湧いた
アメコミ翻訳家。青山学院大学文学部歴史学科卒。大学在学中からアルバイトでアメコミの下訳を始め、出版社勤務を経てフリーランスとして独立。2010年に『バットマン:ダークビクトリー vol.1』(ヴィレッジブックス)で共訳デビュー。訳書に「グウェンプール」シリーズ(ヴィレッジブックス)など。