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2023.09.20 UP

知っておきたいセキュリティの基本Vol.6
セキュリティ事件ファイル その4

知っておきたいセキュリティの基本Vol.6<br>セキュリティ事件ファイル その4
※『通訳翻訳ジャーナル』2022 年冬号、特集「フリーランスのセキュリティ対策」より転載

フリーランスの場合、自分自身でPCやネット環境のセキュリティ対策を講じなければならない。
何をどこまでするべきか、どういう盲点があるか、知識をつけないことには始まらない。
IT 分野全般に詳しく、多くのフリーランス通訳者・翻訳者とやり取りしてきた「翻訳者ディレクトリ」の加藤隆太郎さんに、知っておくべき知識やよくあるトラブルを解説していただいた。

▶セキュリティ事件ファイル Case7

フリーランスとして自立をめざすJ 子さんは、なかなか仕事量や、収入が伸びず悩んでいます。ささやかな気分転換で、SNSを始めました。

投稿すると、わずかでも反応があるのがうれしくて、また投稿したくなります。実は、SNS の世界で売れっ子のエリート翻訳者を演じてい
ます。人の関心を集めるには、成功者を騙るのが手っ取り早いと考えたのです。精神生活をSNSに依存するようになると、注目を集めるために過激な内容を投稿するようになります。ストレスの解消までネットに求めるようになり、スカッとするからという理由で、虚偽情報を書いて、他者を貶める投稿まであげるようになっていきます。そうすることで、一時の全能感に浸れるのです。

いつの間にか、普通の人たちは離れていきました。今ネットでつながりがあるのは、過激な投稿をあおる、心を病んだ人たちばかり。なぜか、仕事の受注件数も激減しています。SNSでは本名を出していないので、取引先に自分だとわかるはずがないのに……。

SNSを見る発注者もいる

日本に限らず、ネットが普及した国では、採用や発注の前に、ネットで当人のことを調査することがあります。倫理観の欠如が見られたり、異常に活発な活動(仕事をしていない、とみなされる)をしていたりすると、危険人物だとみなされ、敬遠されることになります。

自分は身元を上手に隠しているつもりでも、本人だと特定できる足跡を残してしまっているものなのです。
SNSを仕事関係で利用するときは、ビジネスの場であることを忘れず、誰に見られても恥ずかしくない節度のある活動を心がけましょう。SNSは趣味の世界に徹するなど、仕事と切り離す工夫も大切です。

▶セキュリティ事件ファイル Case8

フリーランス翻訳者のK子さんは、在宅でライフサイエンス翻訳をしています。翻訳会社からは情報の取扱いに細心の注意を払うよう指示があり、機密保持契約を締結しています。提供された参考資料や原文、納品する訳文のすべては(紙・デジタルを問わず)、業務終了後に完全な消去が求められています。
取引先からはCATツールの使用指定はありませんが、翻訳資産を構築するため、自前で翻訳メモリツールを使用しています。自分の将来への投資のためにと内緒でやっていることです。もちろん、仕事で使うパソコンには、念のため長くて無意味なパスワードを使用しています。覚えやすいという理由で「1q2w3e4r5t」を使いまわして愛用しています。

あるとき、空巣が入り、K子さんの仕事用パソコンも盗まれました。
警察に通報したところ、幸いにも短期間で古物商に持ち込まれたK子さんのパソコンが戻ってきました。取引先にも事情は説明しました。パソコンは使えるようですが、取引先の要請で専門機関の調査を受けたところ、パソコンのパスワードが破られて、不正使用された形跡があり、内部のデータが漏洩した可能性が高いとのこと。それにはK 子さん虎の子の翻訳メモリも含まれます。

翻訳会社からソースクライアントへ経緯を説明し、謝罪したところ、非常に厳しいお叱りを受けたそう。下請けのK 子さんには、厳重注意と取引停止という処分が下りました。損害賠償も覚悟していたK子さんは、思っていたよりも軽い処分に安堵しますが、安定した取引先を失って……。

翻訳メモリの扱いには注意&パスワードの使いまわしはキケン

厳格な機密保持契約を結んでいて、すべてのデータ削除か義務付けられている場合、翻訳メモリを所持することも契約違反になる可能性があるため、取引先の了解を得ておく必要があります。

また、K子がさんが愛用しているパスワード1q2w3e4r5tは、英文字と数字の無意味な組み合わせで10桁もあって安全なようですが、実はよく使われるパスワードランキングの上位に入っていて、1秒以内にクラックされてしまうものでした。自分の使用しているパスワードが安全かどうか事前にチェックしておきましょう。

■参考:よく使用されるパスワード200
Top 200 Most Common Password List 2022

翻訳者ディレクトリ 運営管理者 加藤隆太郎
翻訳者ディレクトリ 運営管理者 加藤隆太郎Ryutaro Kato

20代後半で翻訳学校に通い、独立開業。翻訳学校2校にて通算12年間通学講座の講師を務め、コース設計まで手がけた。深い業界知識を生かし、執筆、事業協力、コンサルティングなど、幅広く翻訳関係の業務に従事。多年にわたるディレクトリ管理者としての現場経験から、フリーランス目線でのセキュリティ問題に詳しい。
*翻訳者ディレクトリ https://www.translator.jp/