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日本での通訳・翻訳需要は英語が大部分を占めており、中国語、フランス語など、学習者の多い言語がそれに続いていますが、それ以外の言語を専門とする通訳者・翻訳者も多数活躍しています。そういった学習者の比較的少ない、マイナーと呼ばれがちな言語=「その他の言語」を専門とする通訳者・翻訳者のお仕事を紹介します!
映画大国・インドのヒンディー語を習得し
字幕翻訳者として活躍
英語・ヒンディー語の字幕翻訳者。劇場公開作品、映画祭・配信・DVD/BDなどの映画やドラマの映像翻訳を手がける。代表的な字幕担当作品は『ガンジスに還る』、『WAR ウォー!!』、 『シークレット・スーパースター』、『ガリーボーイ』、 『ノット・オッケー!』など。『マガディーラ 勇者転生』、「バーフバリ」シリーズ、『RRR』などラージャマウリ監督作品の翻訳も多数。2015年に母校の東京外国語大学で、 「TUFS Cinema<南アジア映画特集>」を企画。上映会を立ち上げる。
映画の仕事に就くために
ヒンディー語を専攻
藤井さんは、中学時代から英語が好きで映画も大好き。特にフランス映画をよく見ており、「将来は映画関係の仕事につきたい」と考えていた。
「そんなとき、高校の美術の先生から、『世界でいちばん映画が作られているのはインドだ』と聞きました。映画大国であるインドのヒンディー語を勉強すれば、将来映画の仕事ができるかもしれないと思い、進学先として東京外国語大学のヒンディー語学科を選びました」
それまでヒンディー語に触れたことはまったくなく、大学の授業でヒンディー語学習をスタート。ただ、ヒンディー語は日本語との文法が英語ほど離れておらず、また同じアジア圏で文化的にも通じるものがあり学習しやすかったという。
大学2年時には、早くも将来の仕事を見据えて英日の映像字幕講座を受講し始めた。2年間のカリキュラムを修了後、翻訳学校内で実施されていたプロをめざす人向けの試験に合格した。
「その試験を審査していた翻訳会社の方に声をかけていただいて、初仕事をもらいました。スクリプトがなく、英語の音声を聞いて翻訳する音楽番組でした。米国への留学経験があり、ヒアリングが得意だったので回ってきたのだと思います」
その後も仕事の依頼は続き、大学卒業後はそのままフリーランスの映像翻訳者の道へ。最初は英日翻訳を主に受注していたが、クライアントにヒンディー語もできることを伝えたところ、インド関係の仕事でも声がかかるようになった。
自分の「代わり」がいない仕事
逆算して仕事量を決める
デビューした当時は今のように配信動画がない時代。インド映画の配給も少なく、ヒンディー語の仕事は年に1度ほど。その潮目が変わったのは、Netflixやアマゾンプライムなど、配信動画が台頭してきてからだ。
「翻訳者として働き始めて10年ほどは、英日翻訳が9割で、インド関連の翻訳が1割程度でした。それが近年はほぼ逆転して、9割インド、1割が英語という年もあります」
インド映画は尺が長いものも多く、中には3時間を超えるものもある。
「1日に翻訳する映像の長さは、通常は2~30分ほど。映画がすごく長くて納期が厳しいときは、1日に40分程度の分量を翻訳することもあります。また、ヒンディー語ができる映像翻訳者が少なく、自分の代わりがいないため、不測の事態に備えて納品日の2日前には完成させたい。常に逆算してその日に進める量を決めています」
また、インドは20の公用語を持つ多言語国家。藤井さんはヒンディー語以外のインド映画の翻訳も依頼されるが、その際に渡される英語のスクリプトが不十分な場合が多いことが悩ましい問題だという。
「南インドのタミル語やテルグ語などは、ヒンディー語と全く異なる言語なので、翻訳は英語から行います。ですが英語版のスクリプトと映像を見比べると、台詞の長さが全然違って、実際の台詞の3割程度の内容しか書かれていない、ということもあります。最近は多少改善されてきましたが、ヒンディー語以外の映画を訳すときは、可能な限りその言語の専門家に監修をお願いしています」
「またこれはインド映画全般についてですが、文化・歴史背景などの解説を必要とする台詞も多く、そのまま日本語に移し替えても意味が通じないことがあります。説明的にならないよう、ほどよい加減の日本語に訳す苦労は、欧米の作品と比べると大きいかもしれません」
また、インド映画では歌とダンスのシーンがよく挟まれるが、歌の翻訳では、意味を訳しつつ「歌詞」としても違和感がない日本語にするよう工夫しているという。
配信動画の台頭で
ヒンディー語の需要が急増
1年に1度ほどしかインド関連の仕事がない時代を経て、動画配信の台頭によりヒンディー語翻訳の需要は一気に増加した。今では映画だけではなく、インドの連続ドラマも多数日本に入ってきている。
「配信によって、世界がガラリと変わりました。ひと昔前まではインド映画といえば歌と踊りという感じでしたが、2018年日本公開の『ガンジスに還る』のような、死を迎える父と息子の最後の日々を描く、心にせまるヒューマンドラマや、LGBTQの問題を扱った社会派ドラマ、そしてサスペンスなども出てきています。今後も、南アジアの映画やドラマはたくさん日本に入ってくると思います」
スクリプトが不十分な場合もあることを考えると、原語から翻訳できる字幕翻訳者の存在は重要だ。藤井さんは、今後も多くのインド作品を日本に伝えていきたいと語った。
「私がヒンディー語の映像翻訳を始めたころ、インド映画の翻訳をされていたのは、アジア映画研究者の松岡環さんおひとりでした。松岡さんが気にかけてくださり、映画関係者に紹介してくださったおかげで今の私があると思います。これからは私がインド映画界に恩返しできればと思っています」
Advice! ヒンディー語翻訳者をめざす人へ
翻訳や通訳の仕事は、知識、技術、根気はもちろん感性が問われる仕事です。ヒンディー語の字幕翻訳者は私を含めて現在3人くらいしかおらず、不足していますが、表現力は天から降ってくるものではなく、また、原語ができるだけで仕事に結びつくこともありません。現実的には、英日で洋画の字幕翻訳を学び、英語の仕事をしながら、ヒンディー語の仕事も開拓していくというやり方が良いのではと思います。
厳しい世界ではありますが、これを一生の仕事にしようと思うなら、目先の結果に一喜一憂せずに地道に長く努力してほしいです。大切なのはあきらめないこと。しつこく学び続けることで、将来が見えてくることもあると思います。
※ 『通訳翻訳ジャーナル』2023年冬号より転載。 文/京極祥江
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