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季刊『通訳・翻訳ジャーナル』本誌で連載し、ご好評をいただいていた「通訳者のためのビジネス英語ドリル」がWeb版になって登場!
放送通訳者の柴原早苗さんがビジネス通訳の場面で役立つ表現を取り上げ、訳出のコツや関連フレーズなどを紹介します。
「こだわる」を英語で表現しよう
今回では「こだわる」という英語表現を見ていきます。「こだわりの逸品」「物事にこだわる」など、日本語ではよく出てくることばです。英語ではどのように表現するのでしょうか?
練習問題1 日→英 通訳してみよう!
1.それでは新規事業について手前どもの意見を申し上げます。
2.やはり大切なのは、基本に立ち返ることです。
3.この際、消費者の好みにこだわるべきです。
商品開発などの会議の場面と思われる光景です。「手前ども」という謙譲語が使われていますので、A社とB社が合同で事業を行っているようです。通訳現場では、こうして使われる日本語の尊敬語・謙譲語などから、それぞれの立場や相関関係を読み解くこともできます。英訳を正しく行うためにも、日本語からのヒントを読み解くことが肝心です。
上記の3文はさほど長くありません。わかりやすく通訳するにはどのような工夫が必要でしょうか?
ここでみなさんが思い描いた英語を声に出してみてください。大切なのは実際に大きな声で唱えることです。間違いを恐れず、不安であればいくつかのパターンを作りながら、一番しっくりする表現に到達するまで試してみましょう。完成したら手を動かして紙に書いてみてください。
訳例1-1△
1.Now, I will tell you about our thinking on a new business.
2.After all, we must return to the start.
3.On this occasion, we have to be obsessed with consumer needs.
解説
1.頑張って忠実に訳していることはわかります。しかし、元の日本語文が透けて見えるような訳出になっていますね。また、I will tell you about … は「一方的に伝える」というニュアンスもあります。聞き手がいる現場ですので、もう少し配慮が必要とも言えるでしょう。thinking も間違いではありませんが、もう一工夫欲しいところです。
2.must という助動詞は、話し手の確信度としては一番強いものになります。言い換えれば、解釈によっては非常にきつく聞こえるとも言えるのです。ちなみに may、might などの助動詞については、学習者向け英和辞典にその違いが説明されています。私が愛用する大修館書店『ジーニアス英和辞典』(紙版)では might の項目の下に詳しく出ています。紙の辞書はページを見開いた状態で、このような文法説明もすぐ目に入りますので、電子辞書と併用すると文法力アップにつながります。
一方、「基本」をstartとしていますがこれでは不十分です。return to the starting line であれば可能です。
3.「この際」が直訳されていますね。「こだわる」を be obsessed with としていますが、この場合、マイナスのニュアンスを伴う「拘泥」という意味が含まれます。例文の状況から判断するに、必ずしも負のイメージはありませんので、別の表現を用いたほうが良いと言えるでしょう。consumer needs は「消費者のニーズ」ですので、間違いではありませんが、少し飛躍した感も否めません。
訳例1-2◎
1.
If I may, I would like to share our ideas on the new venture.
2.
It is important to go back to basics.
3.
We should pay particular attention to consumer tastes.
解説
1.ビジネスの場面では単刀直入に話し始めることもあれば、この例文のように控えめさを表すケースもあります。If I may は日本語にすると「もしよろしければ」という意味になります。「意見を述べる=発言させていただく」という雰囲気であれば、こうした枕詞のような表現も使えると便利です。I would like to … も便利なフレーズです。ぜひ覚えておきましょう。
2.先にご紹介した上記2つの訳例と比べ、コンパクトになっています。日本語の「やはり」の部分をあえて落としてイイタイコトだけが伝わるようになっていますね。「基本に立ち返る」は英語で go back to basics と言います。
3.ここでは「この際」をあえて訳さず、単刀直入に述べています。should は助動詞の中で may や can の次に確信度が高くなりますが、will や must ほどではありません。should の代わりに ought to でも良いでしょう。ぜひみなさんも辞書で助動詞の確信度を調べ、それぞれの助動詞をあてはめて文章を口にしてみてください。何度も繰り返すことで、ニュアンスの違いが見えてくるはずです。
「こだわる」は pay particular attention to … で、今回のテーマ表現です。
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同時通訳者。獨協大学およびISSインスティテュート講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールドを経て現在はCNNをメインに放送通訳業にも携わる。近年では近年では米大統領選、ノーベル賞、エリザベス女王国葬、テニスATPカップ、G7広島サミット記者会見、ノーベル平和賞受賞ユヌス博士、国会議員連盟の通訳などに従事。通訳や英語関連のコラムも執筆中。