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2024.10.11 UP

第12回 (最終回)「前向き」を表す英語表現
positive

第12回 (最終回)「前向き」を表す英語表現<br>positive

季刊『通訳翻訳ジャーナル』本誌で連載し、ご好評をいただいていた「通訳者のためのビジネス英語ドリル」がWeb版になって登場!
放送通訳者の柴原早苗さんがビジネス通訳の場面で役立つ表現を取り上げ、訳出のコツや関連フレーズなどを紹介します。

「プラス」をどう英語にするか

通訳者に必要なのは語学力・知識力・度胸であると私は思っています。さまざまな分野の話題に携わりますので、好奇心を持って勉強することこそ、上達につながると考えているのです。もちろん、現場で訳語に詰まったり、準備不足で思ったような訳出ができなかったりすることもあるでしょう。私はいつも帰りの電車内で「一人反省会」をしています。良かった点・悪かった点を振り返り、改善点があれば手帳に書き出します。教訓をバネにして常に前向きでいることも、この仕事を長く続ける秘訣のように思います。
今回は「前向き」を表す positive などを見ていきましょう。

練習問題1 日→英 通訳してみよう!

1.ご提案は弊社にとってはプラスになりそうですね。
2. 大変そうですが、やってみましょう。

状況設定はビジネス通訳、おそらく商談会議でしょう。先方から提案を受けて担当者が感想を述べている場面です。「プラス」という言葉は日常会話でもよく出てきますが、英語ではどう訳すべきでしょうか?「大変そう」「やってみましょう」の訳出にも工夫しながら、訳文をノートなどに記入してみてください。

訳例1-1△
1. Your idea will be a plus for a company.
2. It will be hard for us but let’s do it.

解説
「プラス」など日本語として広く使われている単語をどのような英語に直すのかがここではカギを握ります。カタカナ英語はそのまま英語に直すこともできますが、その一方でニュアンスを汲み取った訳語を考える必要もあります。では訳例を2つ検討してみましょう。

1文の a company にまずは注目してください。athe は日本語文法にない概念であり、非常に使い分けに苦しみますよね。ざっくりと説明すれば「初めて出てきたときは a を、2回目以降には the を使う」ということになります。ただ、自然に使い分けられるようにするためにはぜひ一度、学習者向け英和辞典や英文法書などで「冠詞」の項目を通読してみて下さい。シャドーイングの際に冠詞を意識する、また、自分で英作文をしてみてしっかりと athe が書けたか確認するということも一案です。今回使われている a company は、厳密に文脈から判断するとすでに当事者同士で会社のことを話し合っていますので、ここは the company が正解です。わかりやすさを重視するなら話し手の会社ということで our company がより良いと言えます。
2文目の will be hardwill を用いており、これでは「大変だ」という断定調に聞こえます。後ろの let’s do it もCMキャッチフレーズのようであり、全体として断定的な印象が否めません。当事者同士の距離感にもよりますが、もう少し丁寧さが醸し出される文章を考えても良いでしょう。
では訳例1-2を見てください。

 

訳例1-2◎
1. Your suggestion sounds positive for our company.
2. It might be challenging for us but we will have a go at it.

解説
2文目が特に長いような印象を受けますが、近しい相手同士でない限り、礼儀正しく聞こえる英文を作るに越したことはありません。このような時、mightmay などいろいろな助動詞をどう雰囲気に合わせて使いこなせるかが通訳者の腕の見せ所です。

1文目を見てください。「ご提案」は suggestion となっています。「プラスになりそう」は sounds positive としており、positive という語が出てきました。訳例1-1の a company はここできちんと our company としていますね。
一方、2文目の「大変そう」は might be challenging と訳されています。助動詞の「話し手の確信度」については could, might, may, can, should, ought to, would, will, must の順に強くなります。訳例1-1では will という強い意志の語でしたが、ここでは might と和らいでいるのがわかります。
have a go at … は「〜することを試みる」という意味です。

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放送通訳者 柴原早苗
放送通訳者 柴原早苗Sanae Shibahara

同時通訳者。獨協大学およびISSインスティテュート講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールドを経て現在はCNNおよび民放局で放送通訳業に携わる。近年では米大統領選、ノーベル賞、エリザベス女王国葬、テニスATPカップ、G7広島サミット記者会見、ノーベル平和賞受賞ユヌス博士、国会議員連盟の通訳などに従事。