いい通訳とは翻訳マシンとファシリテーターの間を
柔軟に行き来して対応できること
20年のキャリアを重ねた今も、通訳の仕事とは何だろうと考える。AIがさらに進化すれば、情報の正確さという点で人間は機械にかなわなくなるだろう。では、人間だからこそできる通訳とは何か——。
「言葉を訳す翻訳マシンであることも仕事の一つ。そして通訳にはもう一つ、異文化間の橋渡しをするファシリテーターの役割もあると思うのです。その場で求められていることを察知し、翻訳マシンとファシリテーターの間を柔軟に行き来して対応できること。それがいい通訳なのだと思います」
コロナ禍で一時、通訳案件は激減したが、英語コーチングやエクゼクティブコーチングの依頼は増えた。コーチングの仕事のほか、音声メディアVoicyで「田中慶子の夢を叶える英語術」というチャンネルを開設したり、ビジネス情報サイトやブログで記事を書いたりして、情報を発信し続けている。田中さんをそこまで突き動かす原動力は、20歳前後で日本を飛び出し、サバイバルにサバイバルを重ねた海外体験にあるようだ。
「不登校だった私が、サバイバルイングリッシュから始めて英語のプロと言われる仕事に就けたのですから、その経験をお伝えすることで英語に苦手意識を持っている方の役に立てたらうれしいです。一人でもたくさんの日本人に言葉の壁を乗り越えて世界をめざしてほしいですし、そのお手伝いをするのが私のミッションだと思っています」
通訳へのこだわり
“what he means”をめざして
通訳学校で「何を言っているかを訳すのではなく、何を言わんとしているかを訳す」と教わってからは、常にそれを心がけて訳しています。めざすところは“what he says”ではなく“what he means”です。もう一つのこだわりは、可能な限りあらゆる情報を掘り起こして事前準備をすること。起業家の通訳を務めることも多いのですが、いわゆる「スタートアップ」がテーマの時は、これまでにないビジネスモデルや新しいプロダクトの話を通訳するので、自分の中で「腑に落ちる」という感覚が持てるまで徹底的に調べます。本番に臨む時は、そのビジネスモデルやプロダクトについて自分で説明ができるぐらいの知識は身につけていたいと思います。
志望者へのMessage
異文化間の橋渡しをする役割は残る
AIの進化を考えると、今後は情報を正確に訳すだけの仕事は少なくなっていくでしょう。ですが、異文化間の橋渡しをするファシリテーターの役割は依然として残ると思います。「通訳」という名称になるかどうかは別にして、この職業の中で経験できること—— 例えば相手が考えていることを汲み取ったり、目の前にいる人に気持ちを伝えるにはどうすればいいかということを真剣に考えたりすることは、他の仕事をするにしても必ず役立つと思います。最近は大学でも通訳の授業を開講しているところがありますので、興味がある人にはぜひ通訳の世界を体験していただきたいですね。
※『通訳者・翻訳者になる本2023』より転載 取材/岡崎智子 撮影/合田昌史
1996年、米マウント・ホリヨーク大学(国際関係論専攻)卒業。衛星放送番組制作会社、外資系通信社、米NPO東京オフィスに勤務したのち、放送通訳者養成スクールで通訳技術を学ぶ。2002年、CNNのオーディションを経て放送通訳者デビュー。CNN、BBC等で経験を積みながら会議通訳の仕事を始め、現在は政治経済から音楽まで幅広い分野を手がける。豊富な通訳経験をもとに、コミュニケーションのアドバイスをするコーチングの分野にも活躍の場を広げている。
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