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2025.09.08 UP

第18回 eスポーツ大会通訳ならではの「TPO」を知ろう

第18回 eスポーツ大会通訳ならではの「TPO」を知ろう

韓国でeスポーツに魅了され、ライターとして取材・執筆活動を行うほか、eスポーツ関連の韓日通訳者・翻訳者としても活躍されているスイニャンさん。韓国と日本のeスポーツ業界の状況と、まだ専門とする人が少ないeスポーツの通訳・翻訳の仕事について語っていただきます!
(*毎月末~翌月初旬ごろ更新)

通訳者として語学力以外の面で大切な要素を考える

今回「eスポーツでよく使われる訳しにくい韓国語」の第2弾をお送りするつもりでしたが、より良い内容にするためにもう少しお時間をいただきたく、予定を変更してeスポーツ大会ならではの「TPO」について先にお話しさせていただきます。

ご存知の方も多いとは思いますが、「TPO」とはTime(時間)Place(場所)Occasion(場面)の頭文字を取った略語であり、「服装」や「言動」を時と場合に応じて選ぶことを意味します。ビジネスの場面でよく使われる用語ですが、eスポーツ大会でも大事な要素だというのが私の意見です。

意外と気をつかうべき通訳者の服装や身だしなみ

まずは「服装」について。
大会運営側から事前に指定が入ることがあるので、まずはそれを確認しましょう。私が今まで受けたことのある指定はスーツやオフィスカジュアルなどの「服装の種類」、黒かグレーなどの「色の指定」です。たまに現地でロゴ入りTシャツなどが支給されるケースもあるので、その場合は着替えます。

運営側からの指定がなければ、「自分らしい服装」で良いでしょう。あくまでも主役は選手なので派手過ぎるものは避けたほうが無難ですが、かといってあまりに地味すぎるのも考えもの。スタイルもフォーマルすぎても変ですが、ラフすぎるのもステージや放送にはそぐわない気がします。個人的には「派手過ぎず、地味過ぎず」を心がけています。また特殊な例として、スタジオでグリーンバックを使用する場合は緑の服を避ける、などが注意すべきポイントです。

複数チームを通訳する場合は、できるだけ色やイメージが特定のチームを連想させるのは避けたほうが良いかと思います。私は以前、ショップ店員さんおススメのコーディネートで行ったら特定のチームのカラーデザインと丸被りしており、まるでサポーターのようになっていて焦ったという失敗談もあります。

2024年10月19~20日に両国国技館で行なわれた「Red Bull Home Ground APAC」にて通訳を担当した際の様子(右から2番目が筆者)。この日は韓国のチームT1の「専属通訳」だったので、逆にチームカラーの赤に合わせた服装にして登場。
©Red Bull Japan. All Rights Reserved. ©2024 Riot Games. All Rights Reserved.

ステージ上でお客さんに伝わりやすい通訳の方法は?

ここからは、通訳者としてより重要な「言動」の部分についてお話します。
eスポーツ大会においても通訳の精度が一番大切なのはもちろんですが、それ以外の面で意識したいのが通訳者も盛り上げ役になる場合があるということ。普段ビジネス通訳などをやっていると淡々と喋ることが多いので難しさを感じる人もいるかもしれません。ですが私の経験上、盛り上げたほうがお客さんにも伝わりやすい気がするんです。

敗北時のインタビューであれば粛々とやっても問題ないと思いますが、そもそも敗者インタビュー自体あまりやらない傾向にあります。やはり勝者インタビューのほうが圧倒的に多いので、選手や観客のボルテージが上がっているのを感じたらテンションを合わせて喜びを表現しながら訳すようにしています。淡々と「非常に嬉しいです」ではなく、少し声を張って「めっちゃ嬉しいですっ!!」とあえて言うことで雰囲気を壊さないようにする感じです。

このとき私は意識的に、敗北した選手を極力視界に入れないようにしています。心理学などの学問の分野でも「人は得る喜びより失う悲しみを強く感じる」と言われているように、悔し涙を流している選手などを見て感情を持っていかれそうになるのを防ぐためです。逆に通訳対象の選手の状態は、きちんと見る必要があります。勝っても自分のパフォーマンスに満足いかなくて嬉しそうにしていないことが時々あるからです。

通訳者には演技力も必要? 「なりきり型」の通訳とは

単語チョイスにも気を配りたいところです。私はその人になったつもりで話す「なりきり型」タイプの通訳者なので、対象者が男性プロゲーマーの場合、言葉遣いは中性的な感じからやや男性寄りの感じにしています。一人称は基本的に「僕」。女性通訳者でも言いやすく、好感度が高い話し方です。

どうしてもその人のキャラに合わない場合は、ピンポイントで「俺」を使うことも。この場合はかなり演技口調にしています。私の声や顔と「俺」という言葉がどうしてもマッチしないため、男性を憑依させないとだいぶ違和感がある気がするので。逆にコーチ陣は立場的にはもちろん年齢も選手たちより上であることが多いので、「私」を使うこともあります。

こういった訳し方には正解はないので、これを機に皆さんも自分なりの訳し方を考えてみると良いかもしれません。
ちなみにわたしがこの「なりきり型」をするようになったのは、英語通訳者の橋本美穂さんの影響があります。彼女がふなっしーの通訳として登場したときに、その訳し方に非常に感銘を受けました。

[橋本美穂さんのインタビュー記事はこちら]

 

さて、今回のお話はここまで。次回こそは、予定していた「eスポーツでよく使われる訳しにくい韓国語」の第2弾をお送りしたいと思いますので、お楽しみに。

★スイニャンさんの連載一覧はこちら!

スイニャン
スイニャン韓日通訳者・ゲーム(eスポーツ)ライター

留学を含めた5年間の韓国在住時にeスポーツと出会い、『StarCraft』プロゲーマーの追っかけとなる。帰国後、2008年から「スイニャン」のペンネームで取材・執筆活動を開始。2017年からは『League of Legends』の国内プロリーグ「LJL」で韓国人選手のインタビュー通訳としてネット配信の生放送に出演。近年は『VALORANT』や『PUBG』などのeスポーツ大会でも通訳をこなしている。ただし自らはゲームをほとんどプレイせず、おもにプロゲーマーの試合を楽しむ「観戦勢」。