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2025.08.01 UP

第17回 「eスポーツ通訳」という職業が生まれた瞬間

第17回 「eスポーツ通訳」という職業が生まれた瞬間

韓国でeスポーツに魅了され、ライターとして取材・執筆活動を行うほか、eスポーツ関連の韓日通訳者・翻訳者としても活躍されているスイニャンさん。韓国と日本のeスポーツ業界の状況と、まだ専門とする人が少ないeスポーツの通訳・翻訳の仕事について語っていただきます!
(*毎月末~翌月初旬ごろ更新)

黎明期の活動が業界の成長によって仕事になる

今から15年ほど前、日本で「eスポーツ通訳者」と名乗っている人はいなかったと記憶しています。

実質的にそうした仕事に携わっていた人はいたとしても、専門的にやっていたわけではなかったと思われます。実際、私もライター活動の傍ら通訳になったという経緯があり、最初から通訳を目指していたわけではありません。ただ、語学力を生かしてeスポーツ界で活動したいというぼんやりとした目標はありました。

今でもこの職業一本で食べていくことは正直難しいですが、「eスポーツ通訳」という職業は認識されつつあるのかなと思い、今回このテーマを取り上げてみました。少なくとも私は近年、「eスポーツ通訳者」として紹介されることが格段に増えたと実感しています。

今回は私の実体験をもとに何もないところから仕事が生まれることや、ボランティアからマネタイズへといったことを考えてみたいと思います。

この活動を続けられたのは家族の理解があったから

私の場合は韓国在住時に現地のeスポーツ観戦にハマったのですが、ひょんなことから韓国eスポーツに注目している日本人も少しだけいることがわかり、であればわたしが日本語で情報提供できることがあると考えたのが活動の始まりでした。

当時、家族のサポートがあったことはとても大きかったです。夫は私がeスポーツ関連の活動することをとてもポジティブに捉えてくれていて、渡航費などの金銭的なサポートをしてくれたこともありました。ある程度お仕事として成り立つようになってからはそういうこともなくなりましたが、今でも私の活動を応援してくれていることに変わりはありません。

夫が韓国人であることも、私が恵まれていた点だと思います。韓国では当時すでにeスポーツが文化として定着しており、夫はeスポーツがどういうものかを完全に把握していたからです。
しかも夫は、「日本にはこれまでeスポーツらしきものはなかったけど、今後絶対にこの分野は確立する」と予見していました。私は正直、自分で活動しながらも半信半疑でした。それもあって大好きなゲーム『StarCraft』のプロリーグが終了したタイミングでeスポーツ関連の活動を辞めようとしたのですが、それを止めてくれたのが夫でした。「韓国で『League of Legends』が流行っていて日本にもこの流れは来るはずだから」と、続けるようアドバイスしてくれたことは今でも感謝しています。
もしも皆さんの活動に対して家族の理解が得られない場合は、生活に影響があまりないような形で活動していくことをおすすめしたいです。

無償で通訳・翻訳をする際に気をつけるべきことは?

この連載でも何度かこの話題を取り上げてはいるものの、大事なことなので今回も少しお話させてください。

通訳・翻訳に限らず、黎明期は仕事として成り立っていないため当然お金にはなりません。もちろん、自分がやりたくてやるのであればそれで構わないと思いますが、人から頼まれた場合は話が変わってきます。

経験を積みたいとか実績をつくりたいといった意欲は、最初期であればボランティアの理由になると思います。普段お世話になっている人に恩返ししたいというような気持ちも、ある意味借りを返すような感じで気持ちが軽くなるのならアリだと思います。あとは一般の人が入れない場所でeスポーツを体感できるとか、憧れの人と会えるといった理由でしょうか。今はさすがにボランティアはしませんが、割に合わないと思ってもこういう動機で引き受けることはあります。

ただし、ボランティアをやりすぎてしまうと、ほかの人に迷惑がかかる可能性があるので注意が必要です。「あの人はタダでやってくれたのに」と言われたら、後に続く人は報酬をもらいにくいですよね。黎明期を過ぎたら、少額でもいいからもらうようにしましょう。これは業界の未来のために必要なことだと考えています。

筆者が初めてeスポーツ通訳をしたのは「IEF2009」という韓国で開かれた大会。
旅費のみ先方負担のボランティアだった。写真左は『StarCraft』日本代表・nazomen選手。

大切なのは自分の活動を広く知ってもらうこと

最初のうちは、とにかく動くことが大切です。発信したり現場に赴いたりしながら、自分の活動を広く知ってもらう必要があります。それによって思いもよらないところから声がかかることもあったりします。実際私は、韓国の『StarCraft』に詳しい人にテレビ番組の字幕作成を手伝ってほしいというオファーを受けたことがありますし、韓国で開かれる複数種目の大会で日本人選手の言語サポートをしてほしいといった内容で呼ばれたこともありました。

もちろん依頼されるだけが仕事ではありません。自ら営業をかけてもいいし、自分で企画を立ち上げたっていいんです。私ははこれがあまり得意ではないのが悩みでもあるのですが自ら仕事を生み出せる人、マネタイズできる人は本当に尊敬しています。

今回のテーマは以上になりますが、eスポーツに限らず、これから新しい分野に挑戦しようと考えている人の参考になれば幸いです。さて次回は、好評だった「eスポーツでよく使われる訳しにくい韓国語」の第2弾を準備していますのでお楽しみに!

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スイニャン
スイニャン韓日通訳者・ゲーム(eスポーツ)ライター

留学を含めた5年間の韓国在住時にeスポーツと出会い、『StarCraft』プロゲーマーの追っかけとなる。帰国後、2008年から「スイニャン」のペンネームで取材・執筆活動を開始。2017年からは『League of Legends』の国内プロリーグ「LJL」で韓国人選手のインタビュー通訳としてネット配信の生放送に出演。近年は『VALORANT』や『PUBG』などのeスポーツ大会でも通訳をこなしている。ただし自らはゲームをほとんどプレイせず、おもにプロゲーマーの試合を楽しむ「観戦勢」。