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2024.08.30 UP

第8回 プロゲーマーの通訳・翻訳に役立つ日韓ゲーム用語とその傾向

第8回 プロゲーマーの通訳・翻訳に役立つ日韓ゲーム用語とその傾向

韓国でeスポーツに魅了され、ライターとして取材・執筆活動を行うほか、eスポーツ関連の韓日通訳者・翻訳者としても活躍されているスイニャンさん。韓国と日本のeスポーツ業界の状況と、まだ専門とする人が少ないeスポーツの通訳・翻訳の仕事について語っていただきます!
(*毎月末ごろ更新)

韓国人選手のインタビュー通訳で必要な「ゲームの専門用語」をご紹介

前回は予定を変更して私の最近のお仕事についてお話させていただきましたが、今回は再びeスポーツ大会やイベントにおける韓国人選手へのインタビュー通訳・翻訳についてのお話に戻していきます。

これまでの内容を簡単にまとめると、まず連載第5回では、eスポーツの通訳・翻訳に必要な知識について書かせていただきました。その際に大きく分けて「プロシーンに関する知識」と「ゲームの専門用語の知識」のふたつがある旨を簡単にご紹介し、連載第6回にて「プロシーンに関する知識」についての詳細を書かせていただいております。そこで今回は「ゲームの専門用語」についての詳細を綴っていこうと思います。

固有名詞のローカライズ傾向について

まずはゲームに登場するキャラクター名。競技シーンでよく使用されるものを中心に押さえておきましょう。
キャラ名は固有名詞なので日本語も韓国語もたいてい音訳されることが多いです。一般の外来語と同じように元の発音に近い音で表現されるのですが、各言語の特徴に応じて発音しやすい音が当てられます。

LoLキャラクター例
『League of Legends』は2024年8月末現在、168体ものキャラクターが実装されている
(©2024 Riot Games. All Rights Reserved.)

韓国語の外来語で特徴的なのが、子音FがPのように発音されたり母音AがEのようになったりすることです。また、語中や語尾のRがReuのように母音をつけて発音されることも多いですし、ほかにも日本語とかけ離れた発音になることも結構あります。これは一般の通訳時にも共通することですが、どちらかの発音に引っ張られないよう注意が必要です。

*日本語と韓国語のキャラクター名で発音が大きく異なる例
『Apex Legends』のレジェンド名
日「パスファインダー」→韓「패스파인더(ペスパインド)」

『Overwatch 2』のヒーロー名
日「マーシー」→韓「메르시(メルシ)」

次にスキル名アイテム名
これは「アルティメット」「回復」などの一般名詞に置き換え可能なことも多いので全部押さえる必要はないですが、一応注意点を書いておきます。

スキル名やアイテム名は日本語だと音訳が多い反面、韓国語だと意訳がぐっと増えるのが特徴です。日本語は意訳することでダサい印象になるのを避けるために、音訳される場合が多いと考えられます。対して韓国語ではわかりやすさが優先されて意訳になっていることが多いです。ただし、意訳の仕方が少し独特だったりすると、訳す上で両方を紐づけするのが結構大変だったりします。

*日本語が音訳、韓国語が意訳になっている例
『VALORANT』のキャラクター、セージのスキル名
日「リザレクション」→韓「부활(復活)」

『League of Legends』のアイテム名
日「フローズンハート」→韓「얼어붙은 심장(凍てついた心臓)」

ゲーム用語の省略の仕方の違い

さらに通訳者の頭を悩ませるのが、ゲーマーの間ではよく略称が使われるということ。せっかく正式名称を覚えても実際にはあまり使われていない、なんてことも。
この「長い単語を短く省略したがる文化」というのが、実は日本にも韓国にもあるんです。それなら両方とも省略だから楽? とんでもない。省略の仕方が全然違うので、知らないと絶対に結びつかないような言い回しが山ほどあります。

*日本語と韓国語で略称が異なる例
『League of Legends』のチャンピオン名「ミスフォーチュン」の場合
韓国での名称:미스 포츈(ミスポチュン)
日本での略称:MF(エムエフ)
韓国での略称:미포(ミポ)

英語で作られたゲームの場合、自国のサービスが始まる前から英語でプレイしていた古参プレイヤーは原語のまま呼ぶことも多いのですが、のちにローカライズされて別の名称がつけられてしまうことも少なくありません。さすがにそこまで網羅するのは大変ですが、よく使われるものはまとめて覚えておくと良いでしょう。

*韓国語の名称と英語呼びが両方使われる例
『League of Legends』のアイテム名「ガーディアンエンジェル」の場合
韓国での名称:수호천사(守護天使)
または가디언 엔젤(ガディオンエンジェル←こちらが英語呼び)
日本での略称:GA(ジーエー)
韓国での略称:가엔(ガエン)

ゲーマー間で日常的に使われている用語

通訳者にとっての最難関は、ゲーマー間で日常的に使われているゲーム用語です。公式サイトに載っていないような用語もたくさん存在するのが現実。こういった用語は基本的に自分で対訳を考える必要があります。両方の言語で用語を理解して、頭の中で両者をひとつひとつ結びつけていきます。

私はWikiやブログの用語集などを参照する、試合の実況解説を聞く、メディアの記事を読む、コミュニティの掲示板やSNSで使われている用語を見る、コミュニティの人たちと交流する等で対応していますが、どんどん新しい用語が生まれるので常にアンテナを張っておく必要があります。

とはいえ、そこまで完璧にするには相当の労力を要するため、ある程度の諦めも肝心。幅広いジャンルに携わる通訳者ならなおさら、流行性のあるネットミームやゲームごとの細かい知識はわかったらすごい、ぐらいの気楽な気持ちでいることも大事だなと最近思うようになりました。

というわけで、インタビュー関連のお話はここで一旦区切りをつけたいと思います。次回はガラッと内容を変えて、引率通訳についてご紹介していきますのでお楽しみに!

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スイニャン
スイニャン韓日通訳者・ゲーム(eスポーツ)ライター

留学を含めた5年間の韓国在住時にeスポーツと出会い、『StarCraft』プロゲーマーの追っかけとなる。帰国後、2008年から「スイニャン」のペンネームで取材・執筆活動を開始。2017年からは『League of Legends』の国内プロリーグ「LJL」で韓国人選手のインタビュー通訳としてネット配信の生放送に出演。近年は『VALORANT』や『PUBG』などのeスポーツ大会でも通訳をこなしている。ただし自らはゲームをほとんどプレイせず、おもにプロゲーマーの試合を楽しむ「観戦勢」。