韓国でeスポーツに魅了され、ライターとして取材・執筆活動を行うほか、eスポーツ関連の韓日通訳者・翻訳者としても活躍されているスイニャンさん。韓国と日本のeスポーツ業界の状況と、まだ専門とする人が少ないeスポーツの通訳・翻訳の仕事について語っていただきます!
(*毎月末ごろ更新)
eスポーツのプロシーンに関する知識にはどんなものがある?
今回は第5回に引き続き、韓国人プロゲーマーのインタビューを通訳・翻訳することを前提としてお話を進めていきます。もちろん韓国に限らないお話も含まれていますので、広く参考にしていただければ幸いです。
前回、eスポーツ通訳・翻訳業で真っ先に押さえておくべきことはプロシーンに関する知識であるとお伝えしました。具体的にどんな知識や用語が必要なのか、今回じっくりご説明していきたいと思います。
大会の立ち位置や形式、用語を押さえる
まずはやはり、ゲームタイトルとゲーム会社の名前はかならず押さえておきたいところです。実は通訳のオファーはイベント運営会社からくることが多いため、ゲーム会社と直接のやりとりは発生しない場合もあるのですが、その会社がそのゲームを作らなければ大会は存在しないのでリスペクトも込めて覚えておくと良いでしょう。
次に、その大会の立ち位置を知ること。大会名はもちろん、世界を目指すような真剣勝負なのか、それともお祭りのようなイベントマッチなのかによっても通訳の雰囲気が違ってきます。長期間にわたるリーグやトーナメントの場合、その大会の前に予選があったり先につながる国際大会があったりするので、事前に知っておくと大会への理解が早いです。
また、同じ大会が過去に開かれたことがあるのかなども大まかに調べておくと良いでしょう。普段からかなりeスポーツ大会を観戦している筆者でも過去の実績などは忘れていたり勘違いしていたりすることがあるので、調べておくと安心です。
語学面で意外と苦戦するのが、試合形式の名称や慣習的な呼び方。語学力に相当な自信がある人やスポーツ競技の通訳経験者なら大丈夫かと思いますが、意外と日常会話では使わない用語ばかりです。
例えばトーナメントにおける「ベスト8」「ベスト4」。日本語だとこのように英語ベースの言い方になりますが、韓国語だと「8強(8강)」「4強(4강)」のように漢字ベースの表現が一般的です。「ウィナーズマッチ/アッパーブラケット」「ルーザーズマッチ/ローワーブラケット」も「勝者組(승자조)」「敗者組(패자조)」と表現されることが多いです。
韓国語で独特だなと思うのが「Bo5(Best of 5=3本先取の5本勝負)」を「多戦制(다전제)」と呼ぶこと。さらにゲームジャンルによっては「Bo3」や「Bo7」もすべてひっくるめて呼ばれることも。どうしても区別したい場合は「2本先取(3판2선승제)」「3本先取(5판3선승제)」「4本先取(7판4선승제)」にあたる表現が使われます。
近年になって英語ベースの「Bo3」「Bo5」「Bo7」という言い方もたまに聞くようになってきましたが、入れ替わるまでには至っていない印象です。
プロシーンの基礎知識と文化や背景を知る
大会名や形式がわかったら、次に押さえておきたいのがチーム名、選手名です。選手名簿は運営から事前に入手しておきましょう。チーム名は略称で呼ばれることが多いので、正式名称と一致させておく必要があります。選手名は日本語の場合はゲームIDになりますが、韓国語の場合は本名呼びになることも多いので注意が必要です。
余裕があれば、チーム内での関係性なども知っていると通訳はしやすいです。韓国語は敬語があるため、文脈から人間関係が読み取りやすいほうなので助かることも多いですが、日本語で聞いたときに違和感がないようにしたいものです。
特に男性が年上の男性に対して使う敬称の「ヒョン(형)」呼びは「お兄さん」と訳してしまうと日本語では兄弟だと誤解されかねないので「さん」や「選手」で代用するのが無難でしょう。ごくたまにですが兄弟プロゲーマーもいるので、この場合は知識がないと区別がつきません。
さらに余裕があれば、その界隈での名門チームやスター選手などは知識として覚えておくとベストです。「(海外トップチーム)○○の××選手のプレイを参考にした」など、インタビューは本当に何が出てくるかわからないのです。
ゲーム用語必須のメディア向けインタビュー
前回の記事にも書きましたが、eスポーツ業界の通訳・翻訳にはゲーム内容にガッツリ触れる場合とそうでない場合があります。ステージイベントではそもそもインタビューに尺があまり設けられていなかったり、複数人にインタビューしなければならなかったりして、意外と簡単な質問だけで済むことも多いです。
むしろ毎週オンラインでやっているような普段のリーグ戦のインタビューや、試合前などに流される動画インタビューのほうが、よほどゲームの内容に深く触れていたりします。そして最も専門的な内容になりやすいのが、メディア向けのインタビュー。試合終了後にクローズドな場所で行われるのが一般的ですが、ゲームに精通しているライターの方が質問することが多く、短くても10分、長い場合は1時間近く行なわれることもあります。
ということで次回はこのお話の続きとして、韓国語のゲーム用語についてご紹介していきたいと思います。
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留学を含めた5年間の韓国在住時にeスポーツと出会い、『StarCraft』プロゲーマーの追っかけとなる。帰国後、2008年から「スイニャン」のペンネームで取材・執筆活動を開始。2017年からは『League of Legends』の国内プロリーグ「LJL」で韓国人選手のインタビュー通訳としてネット配信の生放送に出演。近年は『VALORANT』や『PUBG』などのeスポーツ大会でも通訳をこなしている。ただし自らはゲームをほとんどプレイせず、おもにプロゲーマーの試合を楽しむ「観戦勢」。