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2023.06.01 UP

第8回 ドイツ ハンブルク
岩本順子さん(仕事編)

第8回 ドイツ ハンブルク<br>岩本順子さん(仕事編)
※『通訳・翻訳ジャーナル』2022年夏号より転載

海外在住の通訳者・翻訳者の方々が、リレー形式で最新の海外事情をリポート! 海外生活をはじめたきっかけや、現地でのお仕事のこと、生活のこと、また、コロナ下での近況についてお話をうかがいます。

岩本順子さん
岩本順子さんIwamoto Junko

南山大学文学部卒業後、神戸のタウン誌編集部に勤務。1984年に渡独。ハンブルク大学美術史学科修士課程中退。1990年代に日本の漫画雑誌編集部のドイツ支局を運営し、編集と漫画の翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリー、ブラジルのワイン雑誌編集部で研修。2013年にワインの国際資格WSETディプロマ取得。執筆、翻訳・通訳業の他にワイン講座も開講。
HP:http://www.junkoiwamoto.com

漫画の翻訳を機に通訳・翻訳の道へ

実は、翻訳者・通訳者になるとは想像もしていませんでした。

中学の頃から文章を書く仕事をしたいと思っており、大学卒業後は神戸のタウン誌編集部に就職。独文科出身ということで、編集部ではドイツ人へのインタビューなどドイツ語がらみの仕事を任されることがあったのですが、その頃はドイツ語がうまく話せませんでした。現地で学び直したいという思いがつのり、ドイツに留学したのが1984年。ケルンの語学学校に半年ほど通った後、ハンブルク大学に学籍を得ました。修士課程在学中、ハンブルクの工芸美術館東洋部で実習をしていた時に、翻訳のお手伝いをしたことがある東京の出版社から短期契約で仕事のオファーがあり、東京で働くことになりました。仕事内容は、1990年に行われたフランクフルト書籍見本市の日本年イベントの準備でした。

東京での仕事を終えドイツの大学院に戻ろうと考えていた頃、勤務した出版社から、「大友克洋さんの漫画作品『AKIRA』をドイツで出版する準備をしているが、訳者が見つからない」と相談を受けました。そこで、当時の夫だったドイツ人と組んで試訳をし、ドイツの出版社に出来栄えを判断してもらったところ良い返事がもらえたので、漫画の翻訳をはじめました。漫画専門の翻訳事務所を前夫と設立し、1990年から2002年の間に『AKIRA』『ドラゴンボール』『鉄腕アトム』など200冊以上を共訳したほか、ドイツやスイスのコミックフェスティバルに出展したり、漫画展の企画運営をしたりしました。そのかたわら、日本の出版社のドイツ支局で漫画の編集もしていました。翻訳を仕事として意識するようになったのは、漫画の翻訳が軌道に乗りはじめてからです。

ドイツ語に共訳した大友克洋さんの漫画作品『AKIRA』はドイツで初めて翻訳出版された漫画作品の一つ。

ところが、2002年に離婚。漫画翻訳事務所をたたみ、フリーランスの翻訳者・通訳者として独り立ちすることになり、一から仕事探しをはじめました。最初はどんな仕事でもできる限り受注して、あらゆるジャンルに挑戦しました。

ワイナリーで研修しワインの仕事をはじめる

1997年頃からワインに興味を持つようになり、ドイツ在住者向けの日本語フリーペーパーにドイツワインの記事を書きはじめました。ワインのことをもっと知りたくて、1999年から2000年にかけてドイツのワイナリーで研修しました。この時の体験が日本とドイツで書籍になり、ドイツのワイン専門誌にも連載されました(『おいしいワインが出来た!』講談社発行。ドイツ語版はワイナリーが出版元)。

こうしたことをきっかけに日本とドイツのワイン業界の方々とのつながりができ、ワイナリーのホームページやパンフレットなどの翻訳、商談や視察旅行の通訳などの仕事が入るようになりました。ワイン関連の翻訳・通訳の仕事が増えるにつれ、専門的に勉強しなければきちんと訳せないと思い、国際資格である「WSETディプロマ」を取得。さらにドイツ語圏の最高資格である「ワインアカデミカー」のタイトルも取得しました。

ワインセミナーの生徒さんと一緒にドイツのワイナリーを見学。このような自主企画のワイナリーツアーも行っている。

ドイツには、ドイツ・ワインインスティトゥートというドイツワインの広報会社があり、世界各地にネットワークを持っています。ワイン関連の仕事の多くは、この会社からの依頼です。日本からもお仕事をいただいており、例えばスイスワインを輸入している会社からは、現地での買い付けの際の通訳、日本で配布されるカタログに掲載するワイナリーの紹介記事、個々のワインの解説など執筆の仕事を定期的にいただいています。醸造家が主催するランチやディナーの席での通訳をすることもあります。

プロを対象とするワイナリーツアーにて通訳中。勤務時間は、朝から深夜におよぶこともある。

2004年にはブラジルのワイン専門誌の編集部で研修した縁で、ブラジルとのつながりもできました。現地のワイン専門誌に記事を書いたり、ヨーロッパ市場について情報提供したりしています。

ドイツでの通訳・翻訳で気をつけていること

私は在独38年とドイツ生活が長いですし、日本にいた時は通訳・翻訳の仕事をしていなかったので、ドイツと日本の商習慣の違いを意識することはあまりありません。ただ仕事をするにあたって気をつけていることはあります。

通訳では、日本人とドイツ人の双方が「満足のいく話し合いができた」と感じていただけることを願いつつ仕事をしています。日本人とドイツ人のお互いに対する敬意の念や関心の度合い、オープンであるかどうかといったことが、仕事の成果に大きく影響するように感じます。その場の緊張感がとけて良い雰囲気になるように、私自身がリラックスして仕事に臨むようにしています。仕事内容に加え、それぞれの会社の沿革などについても事前に情報収集しておくと、落ち着いて仕事ができます。

翻訳でドイツ語の文章が専門的かつ難解な場合、英語バージョンがあれば一緒にいただいて参考にしています。英文が理解の助けになることは多いです。また翻訳終了後は1日寝かせてから改めて読みなおして、こなれた日本語に直すようにしています。執筆業にも従事しているせいか、つい、この作業には力が入ってしまいます。

漫画の翻訳を経て、駆け出し時代の見本市の視察や製造機械関係のセミナー通訳、エネルギー関係の通訳・翻訳、そしてワインの通訳・翻訳とさまざまなことを経験してきました。通訳者・翻訳者は、知らない世界、自分一人では決して覗いてみることのなかった世界を垣間見ることができる、とてもエキサイティングな仕事だと思います。

ブラジルのワインテイスティングイベントで。ブラジルと縁が深く、2005年にはブラジル人男性と再婚。

<ある1日のスケジュール>

7:00 起床、ブラジル風に果物メインの朝食。水曜と土曜は食材を買
い出しに朝市へ
9:00 パソコンに向かって仕事

*仕事の内容は、翻訳・執筆、リサーチなど、依頼された案件によって違う。
12:00 ランチ 食後は自宅から至近距離にある植物園をウォーキング
*コロナ禍前は友人と一緒にお昼を食べに行くことも多かったが、現在はほぼ自宅で。
14:00~18:00 再び仕事
18:00 エルベ川沿いの港湾地域をウォーキング。帰りに必要な買い物などを済ませる
19:00 夕食の準備。夫が帰宅してから一緒に食事
21:00 締め切りが近い時には仕事

*急な仕事がない時は、読書したり、文章を書いたり。
24:00 就寝

天気が良い日は毎日散歩するエルベ川沿いの港湾地域。