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2025.12.19 UP

第3回 なにについて話してる?
現場のリアルな言葉たち

第3回 なにについて話してる?<br>現場のリアルな言葉たち

通訳者に仕事を依頼する機会が多いという現役エンジニアが
依頼人という立場からみた通訳者の方へ感じるホンネをつづります。

同じような仕事を続けているうちに、自分の言葉遣いがあたかも万人に通じる“常識”のように思いこんでしまっているエンジニアが私を含め多くいます。
でも、そうじゃないことにハッと気づく瞬間もあります。
通訳者さんが入る会議で、「言葉は分かるのに、あなたが何を言っているのか分からない」……通訳者さんからそんな表情を向けられる瞬間。
もちろん、我々エンジニアに悪気はありません。
ただ、自分たちの言葉が“特殊”だということに、気がついていないだけなんです。

エンジニアには「当たり前の言葉」たち

エンジニアが使う言葉って、実は独特な表現が多いんです。
専門用語というより、業界内の“慣用句”や“略語”みたいなもの。
例えば機械の設置に関して出てくる言葉たちを見てみましょう。

CASE1 機械の設置に出てくる言葉

●図面をヒク
まず図面を描くことを「図面をヒク」と言います。「ヒク」……知らないと何のことやら、ですよね。この「引く」、これをそのまま”draw”と訳してもニュアンスが少し変わってきますし、そもそも”draw a drawing”というのも不自然ですよね。この場合の「ヒク」は、”draft”または”prepare”が適切でしょう。

●機械の設置には「基礎」が必要
この「基礎」は、いわゆる「基本」ではなく、物理的な「土台」のことですが、 コンクリートで土台を作る作業のことを「コンクリートを打つ」、または「打設」と言います。でも、「(コンクリートを)打つ」は、”pour”や”place”。これも日本語からはたどり着けない英語です。

●「基礎」ができたら、次は「墨出し」
機械を正確な位置に設置するために、床のコンクリートに線を引いていく作業です。「スミダシ」という音から「墨出し」を想像するのは難しいですが、今でも本物の墨を使うこともあって、実は現役の言葉なんです。英語では、”marking”。「墨」は英語では出てきません。

●ボルトが「ナメる」
機械の設置では、アンカーボルトを使ってナットでガッチリ固定しますが、たまに「ナメる」ことがあります。
…もちろん「舐める」わけじゃなくて、ボルトやナットの角が丸くつぶれてしまって、工具が滑ってうまく締め付けることができなくなる状態のこと。ボルトの角が取れて、ねじの頭がつぶれることから”dull”、その結果うまく工具で回せないので”tripping”してしまう。ナメてしまうと、締めることも緩めることもできなくなってしまいます。

●ボルトを「トバす」
ナメたボルトは「トバす」ことになります。
ボルトの頭を切り取る作業のことで、切り取った頭がどこかに飛んでいくことがあるので、実は「トバす」(cut off)ってかなりリアルな表現だったりします。

CASE2 イカす?コロす?

機械の設置が終わると、調整や試運転に入ります。
ちゃんと動くか、狙った通りに動くかを確認する大事な工程です。
このとき、特に電気関係でよく使われる言葉が「イカす」「コロす」。
見た目は同じ機器でも、電気や信号が通ってる状態を「イキてる」、
通っていない状態を「コロしてる」なんて言ったりします。
なかなか刺激的な表現ですが、現場ではごく日常的に使われている言葉なんです。
例えば建築の世界では、「はめ殺し窓」など、物が固定された様子を言うときによく使われています。

エンジニアに作業の内容を聞いてみて

ここまで挙げた表現は、どれも現場では当たり前に使われている言葉です。
通訳者さんの中にも、言葉自体は聞いたことがある、という方は多いと思います。
でも、いざ現場に入ると、実際の作業イメージが湧かないせいで、うまく訳せないこともあるそうです。
特に、スポットで入ってくださる通訳者さんは、事前の情報が足りずに戸惑うこともあるのだとか。

会議の前にどんな話をするのか聞いてみてください、と第1回でもお話しましたが、現場に入る前に、今日はどんな作業をするのか、ちょっとだけでもエンジニアに話を聞いてみてください。
実際の作業のイメージが掴めると、ぐっと訳しやすくなると思います。

エンジニアたちは、自分たちの言葉が“特殊”だとはなかなか気づいていません。
会話の中で気になる言葉があったら、遠慮せずに聞いてくださいね。

松生賢
松生賢Satoshi Matsuo

機械系エンジニア。 エンターテインメント分野で30年以上にわたり、機械・構造分野の設計・施工に携わる。 国内外のプロジェクトにおいて海外エンジニアとの協働経験があり、英語での技術的なコミュニケーションにも十分な実務経験を持つ。 アメリカで安全管理に関するエンジニアとしての実績と積み、帰国後に技術翻訳について学び始める。 英語での会話は少し苦手だが、翻訳や通訳の世界には強い憧れがあり、今後はその分野への挑戦を考えている。