• 翻訳

2023.05.24 UP

Vol.3 スペイン語翻訳家 宇野和美さん

Vol.3 スペイン語翻訳家 宇野和美さん
※『通訳翻訳ジャーナル』2020年春号より転載

通訳者・翻訳者の本棚を拝見し、読書遍歴について聞くインタビューを特別掲載! 
第一線で活躍するあの人はどんな本を読み、どんな本に影響を受けたのか。本棚をのぞいて、じっくりとお話を伺います。

考えることを止めないために
本を読み続けていきたい

宇野和美さん
宇野和美さんKazumi Uno

スペイン語翻訳家。東京外国語大学スペイン語学科卒。バルセロナ自治大学修士課程修了。出版社勤務を経て、翻訳家に。ミランフ洋書店店主、東京外国語大学スペイン語学科非常勤講師。『くろは おうさま』(サウザンブックス社)、『ちっちゃいさん』(講談社)、『ペドロの作文』(アリス館)、『見知らぬ友』(福音館書店)など訳書多数。

1冊のYA小説が道を示してくれた

和書2千冊に対して、洋書は3千冊。「自炊(電子化)」によって1千冊ほど減らしてなお、仕事場の書棚には絵本や児童書の原書がひしめき合う。これとは別に隣室では、大事に保管された販売用の原書たちが約2千冊、誰かの手に渡るときを静かに待っている。

自宅の仕事場の本棚。正面の棚は、ほぼスペイン語の原書で埋まっている。

「スペインや、メキシコのグアダラハラ国際ブックフェアに行ったときに、まとめ買いすることが多いですね。2019年のグアダラハラではスーツケースに2つ、50 キロ分の本を買いました(笑)。売り物の本はスペインの業者から仕入れたりもするけれど、ジャケ買いだと絵本は当たり外れが大きいので、書店で実際に見て買ったほうが安心です」

宇野和美さんは、スペイン語圏の子どもの本を手がける翻訳家であり、スペイン語の児童書専門のネット書店「ミランフ洋書店」の運営者。良質な本を出版社に持ち込むため、あるいはスペイン語学習者や読者に紹介するため、本の収集は決して妥協しない。

「見つけたときに買っておかないと、二度と手に入らない本もあるので」

山とある原書の中で、特に訳したいと思っている3冊。左端は南米各国の料理を絡めながら歴史や実在の人物を描いたコロンビア発のYA短編集。真ん中もコロンビアの幼年童話で「イラストがすごくかわいい」ウィットに富んだお話集。右端はチリの絵本で、「支配する母性ではなく“見守る母性”がすてきな1冊」。

1995年に『アドリア海の奇跡』(徳間書店)でデビューして以来、子どもの本を中心に訳してきた。その理由を探っていくと、10代の頃の読書体験にたどり着く。

転校ばかりで学校になじむのに苦労した小学生時代、愛読書は『がんばれヘンリーくん』や『やかまし村の子どもたち』といった海外の読み物。楽しそうな外国の子どもたちの生活に思いをはせた。中学生になると『赤毛のアン』やO・ヘンリーの短編に出会い、「翻訳家」という仕事への憧れが芽生える。そして高校時代には、スタインベックを皮切りに、新潮文庫に収められたアメリカ文学やロシア文学、フランス文学など、大人の小説世界へ。

そんなある日、学校の図書館で偶然ある本を手にし、感じたことのない高揚を味わう。「読みたかったのはこういう本だ!」と、心がはずんだ。

「『高校二年の四月に』という本で、今でいうヤングアダルト(YA)です。自分と同年代の主人公たちの心の機微が書いてあって、とても新鮮に感じました。そういう本があることを知らなかったし、誰も教えてくれなかった。このことを、翻訳者になろうと決めたときにふと思い出し、あの年頃に読むからこそ胸に刺さる本は絶対にあるだろうなと、『子どもの本を訳そう』という気になったんです。結果的にYAだけではなく絵本も訳すようになったけれど、私にとっては大事な1冊です」

2019年に発売された訳書「あしたのための本」(全4巻 あかね書房)は、1970年代にスペインで刊行された社会絵本。男女の違いや社会格差など、現代に通じるテーマを取り上げている。「小学校高学年向けなので、そのあたりの年齢層を意識して訳しました。イラストがしゃれていて、大人が読んでも楽しめます」

※ 『通訳翻訳ジャーナル』2020年春号より転載  取材/金田修宏 撮影/合田昌史

Next→自分にとって特別な本は