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2023.05.26 UP

第14回 外国語を学べば推論能力も高まる?

第14回 外国語を学べば推論能力も高まる?

英語のみならず、独語、仏語、西語、伊語、中国語を独学で身につけ、多言語での読書を楽しんでいるという作家・翻訳家の宮崎伸治さんに、多言語学習の魅力を余すところなく語っていただきます!

推論能力を高めるのに外国語学習が役立つ

哲学の一分野「認識論」の勉強をして良かったと思うことは、「これは絶対に間違いない」と確信していることであっても、その認識が間違っているということが往々にしてあることがわかったことだった。そしてそれを痛感したからこそ、自分の信じていることを過信しなくなったし、自分の信じていることを他人に説得しようと思わなくなったのだ。ところが、この世には自分が“推論”しただけのことなのに、それがあたかも絶対に正しいと信じているかのように押しつけてくる人がいる。例えば、私には責任がないことなのに、「宮崎さんが○○したからこうなったのよ、宮崎さんの責任よ」などと早とちりして私を非難した人はその最たる例である。だが、そんな早とちりをして他人を非難する人からはみんな逃げていくのではないか。だからこそ推論するときは正しく推論することは大切だと思うのだが、じつは推論能力を高めるのに外国語学習が役立つことをご存じだったろうか。

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学校を卒業したとたんに英語学習を止めてしまった友人たちに英語の楽しさをこれでもか、これでもか…というくらい説いても、ほとんどは聞く耳を持ちません。今やIT時代、海外の動画も数限りなく楽しめるようになったというのに、なんともったいないことか…とよく思うのですが、私がいくら「英語は楽しい」と声を大にして言っても、それくらいのメリットではやる気が起きないのでしょう。まあ、無理はありません。英語の本がすらすら読めるようになったり英語の動画が難なく視聴できるようになったりするまでにそれ相当の努力が要りますから。

かくいう私だって、考えてみれば、「熟練したスキルをもっていないこと(例えばスキージャンプ、囲碁、バイオリン演奏、ハンマー投げ、料理…)」をその道のプロから「このスキルを身につければ楽しいよ」といくら言われたところで、「ではやります」とはならないと思います。その楽しさを味わえるようになるまでにどれだけ大変な思いをしなければならないかが容易に想像できるからです。つまり、「楽しさ」だけではモチベーションとして十分な強さがあるとは言い切れないのです。

そんな私でしたが、最近、「楽しさ」以上に外国語を学ぶ大きなモチベーションになりうるものを見つけました。それは「外国語を学べば、推論能力が向上しうる」というものです。外国語を学べば外国語の実力は伸びるのは当然ですが、推論能力も伸びるとしたら、「それならちょっと頑張ってみるか」という気になる人もいるのではないでしょうか。だって「脳トレ」になるからという理由で脳トレの練習問題を解いている人もいるくらいですから、外国語学習で“脳トレ”できるのなら一石二鳥になりますからね。

でもそんな方法があるの? と思われる人もいると思いますが、あるのです。今回はそれについて興味深い調査結果があるのでそれをご紹介したいと思います。

言語における演繹的学習と帰納的学習

ところでみなさん、推論には2種類あるということをご存じだったでしょうか。一つは演繹法、もう一つは帰納法です。

演繹法とは一般的な理論によって特殊なものを推論することであり、帰納法とは個々の具体的な事例から一般に通用するような法則を導き出すことです。といってもピンと来ない人も多いと思うので、外国語学習に当てはめて簡単な例を挙げましょう。

例えば、「一般名詞の語尾にsを付ければ、複数を意味する」と先に教えておいて、dogsは単数形か複数形かを推論させるのが演繹的学習といえるでしょう。逆に、dogの意味だけを教えておいて、one dogとか、two dogs, three dogsというのを英文の中に出てくるのを何度も見させて、「もしかしたら複数を表すときに語尾にsをつけるのかな」と推論させるのが帰納的学習といえるでしょう。

今回ご紹介する実験では、外国語学習者に演繹的学習をさせた場合と帰納的学習をさせた場合が比べてあります。具体的には、ドイツ語を初めて習う大学生を演繹的学習群と帰納的学習群に分け、26週間後にドイツ語の実力の伸びと推論能力の実力の伸びを比べてあります。(実験結果は「外国語学習法の一般的認知機能への影響」矢田部清美から転載)

するとドイツ語の実力の伸びに関しては、両者に有意な差は見られなかったものの、推論能力の実力の伸びに関しては、帰納的学習者のほうが大いに伸びていたのです。(図1から、学習前と26週間後ではドイツ語の成績が伸びていることが分かります。図2から、演繹的学習群と帰納的学習群とではドイツ語の成績の伸びに有意な差がなかったことが分かります。図3から、学習前と26週間後では推論能力の成績が伸びていることが分かります。図4から、演繹的学習群と帰納的学習群とでは帰納的学習群のほうが推論能力の成績が有意に伸びていることが分かります。)

図1

図2

図3

図4
出典:矢田部清美(2019). 外国語学習法の一般的認知機能への影響 慶應義塾大学日吉紀要. ドイツ語学・文学 (Hiyoshi-Studien zur Germanistik). No.59

これから分かることは、外国語学習をする際、帰納的学習をすれば推論能力が伸びうるということです。私はこの調査結果を知ったとき大喜びしました。学習法しだいでは外国語学習をするだけで推論能力も伸ばせることを知ったからです。

では、帰納法的学習法として、具体的に何をどのようにすればいいでしょうか。それについては次回お話ししたいと思います。

★前回のコラム

作家・翻訳家 宮崎伸治
作家・翻訳家 宮崎伸治Shinji Miyazaki

著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)などがある。ひろゆき氏など多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html