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2023.05.25 UP

第10回 日本人はリスニング&リーディングに絞って学習していくべき

第10回 日本人はリスニング&リーディングに絞って学習していくべき

英語のみならず、独語、仏語、西語、伊語、中国語を独学で身につけ、多言語での読書を楽しんでいるという作家・翻訳家の宮崎伸治さんに、多言語学習の魅力を余すところなく語っていただきます!

日本人にはリスニング&リーディングの強化が向いている?

日本人と語学検定試験の相性

前回のコラムで、私は「仕事で使わない外国語」に関しては、リスニングとリーディングだけでいいと述べました。リスニングとリーディングは「受信」するための能力であることから私はこれを「受信能力強化論」と命名しています。「話す・聴く」に対比して「読む・書く」が一緒にされることが多いですが、私がお勧めしたいのは「読む・書く」ではなく「読む・聴く」に重点を置くことなのです。

しかし私のこうした思いとは裏腹に「英語は4技能とも伸ばそう」というのが時流になっているようです。あたかもコミュニケーションができる(つまり話したり聞いたりできる)ようになったほうが良いといわんばかりです。それが伺える一例として、書籍『あえて英語公用語論』(文藝春秋)が挙げられます。著者の船橋洋一氏は素晴らしい学歴・経歴の持ち主ですが、その彼が2000年に同書の中で「日本は公用語法という法律を制定し、日本語を公用語に、英語を第2公用語にするべきである」と主張しているのです。

私がこの本を読んだときは、なんと無茶なことを…と衝撃を受けたものです。案の定、同書発行から20年以上の年月が経っても、いまだに英語は第二公用語にはなっていません。いや、それどころか、いまだに英語が話せる日本人は少ないままです。いくら国際化が進もうが、日本が島国であることや日本語と英語が言語的に非常に異なる言語であることを考え合わせると、今後もずっと(少なくとも何十年かは)英語が話せる日本人はごく一部の人に限られたままの状態が続くように思います。

もちろんスピーキングもライティングも伸ばす意義を感じている人はどんどん伸ばしてもいいのです。ただ、日本国民全員がそれをやらなければならないとすれば、その負担はあまりに大き過ぎますし、他のもっと有益なことに使える時間や労力を無駄にしかねないと私は思うのです。英語だけでもそうなのに、それ以外の言語もとなるとほとんどの日本人にとってはお手上げでしょう。だからこそ私は「受信能力強化論」を提唱したいのです。

なにぶん「受信能力強化論」は日本人のメンタリティーにマッチしているような気がします。それが伺えるデータとして私がみなさんに見ていただきたいものがあります。それはTOEICとHSK(漢語水平考試)の受験者数の伸びです。

TOEIC(Listening & Reading Test)の受験者数は、1990年には26万8,000人でしたが、2000年には109万2,000人、2018年には245万6,000人、と30年で10倍近く伸びています。
(※TOEIC公式サイトより:https://www.iibc-global.org/toeic.html

HSKの方も、以下のグラフのように2010年~2021年で5倍以上の伸びとなっています。

HSK公式サイト(https://www.hskj.jp)より

これら2つの試験はスピーキングの試験がありません。そこが英検、独検、仏検、伊検、西検などの上位級とは異なるところです。スピーキングが苦手な日本人にとってはこれほど受けやすいものはないのです。

スピーキングが苦手な人のモチベーションを上げるために

一方、英検、独検、仏検、西検、伊検、中検などの試験は上の級(1級、準1級、2級など検定試験によって異なる)には二次試験として面接試験があります。例えば、独検は5級から2級までは一次試験しかありませんから、スピーキングができなくても合格しうるのです。しかし準1級からは二次試験として面接試験があるため、合格するにはスピーキング力もつけておかなければなりません。

じつは私は独検に挑戦しているのですが、面接試験のない2級まではモチベーションが続きましたが、2級合格後は「準1級は面接試験があるから、どうせ受けたところで合格するわけはない」とモチベーションがダウンしドイツ語学習をストップしていた時期があります。かつての私のように面接試験があるからという理由で受験を回避する人も少なくないでしょう。

そこで英検、独検、仏検、伊検、西検、中検などの検定試験の主催者に提案したいのは、一次試験と面接試験を別々にし、どちらか一方でも合格すれば、部分合格証を出すようにすればいいと思うのです。例えば、英検1級にしても、「リスニング、リーディング、ライティング1級合格」と「スピーキング1級合格」と別々に合格証を出すのです。そうすることで、スピーキングが苦手な人も受験しやすくなり、受験を控える人が少なくなるだけでなく、学習者にとっても受験するモチベーションになるのではないかという気がします。

面接試験のないTOEICやHSKの受験生が急激に伸びているのは、これらの検定が日本人のメンタリティーにマッチしているのが一因だと思われますし、面接試験がない検定であっても学習者のモチベーションになっているのであれば、それはそれで十分価値があると思います。

独検、仏検、中検、伊検、西検なども「リスニング1級合格」「リーディング1級合格」などといった部分合格証が出れば、面接試験を怖がって受験を控える受験生が喜んで受験し始め、外国語学習熱も加速するような気がします。じつはかくいう私自身、自分のモチベーション維持のためそれを望んでいるところです。

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作家・翻訳家 宮崎伸治
作家・翻訳家 宮崎伸治Shinji Miyazaki

著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)などがある。ひろゆき氏など多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html