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2024.11.20 UP

戯曲翻訳家 小田島創志さん
~Interview with a Professional~

戯曲翻訳家 小田島創志さん<br>~Interview with a Professional~
※『通訳者・翻訳者になる本2024』より転載。

演出家や俳優といっしょに
台本を仕上げていく。
共創もこの仕事の醍醐味

翻訳に没入し、気づけば昼夜逆転

ナチスドイツの台頭下、親友であるドイツ人とアメリカ人の手紙のやり取りを軸に展開する二人芝居の『受取人不明 ADDRESS UNKNOWN』(クレスマン・テイラー作)。日本初演となる本作の上演用台本を、知己のプロデューサーから依頼された。上演台本の翻訳者になったことで、初めて「読み合わせ」に参加。演出家やプロデューサー、俳優が台本を読み、台詞を検討していく現場に立ち会った。

「決して胸を張れる仕上がりではなかったと思います。それでも、皆さんと話し合いながら台詞を直していくのは、とても楽しかった。いろいろと勉強させてもらい、充実した時間を過ごすことができました」

そんなデビューから4年が経ち、現在は大学で教えながら翻訳を続けている。依頼主はプロダクションや劇場。「この作品を」と決め打ちで頼まれることが多いが、「こんなテイストの作品を紹介してほしい」との要望を受け、合致した作品を選んで翻訳する「企画提案型」のケースもある。

上演が決定している台本を訳す場合、イギリスの新聞『The Guardian』を中心に劇評をいくつか読み、作品の背景や評価を把握する。次に、原書を通読して物語や雰囲気をつかみ、登場人物の口調をある程度決めて、全体をざっと翻訳(第1稿)。上演時間1〜2時間の作品で、他に仕事を抱えていなければ、ここまでに要する時間は10日ほどだ。もっとも、作品世界に没入するため、1日あたり11〜12時間は翻訳にかかりきりになる。「もともと生活のリズムは不規則なので、気づいたら昼夜逆転していることも珍しくない」そうだ。

第1稿ができたら、1〜2ヵ月かけて推敲する。その後、公演開始の半年前、あるいは数ヵ月前のタイミングで「読み合わせ」を行い、完成台本に仕上げていく。

「演出家さんと僕の解釈の相違があれば、すり合わせをして台詞を改めます。『読みづらい』とか『言葉の響きが弱い』、『感情の流れが追えない』といった俳優さんの意見をもとに直すことも少なくありません。『タージマハルの衛兵』(ラジヴ・ジョセフ作)という作品のときは、1日4〜5時間かけて数ページ分進む、というペースでじっくり台本を吟味しました。普通はそこまで時間をかけられないので、とても贅沢な環境でしたね」

稽古に関しては、序盤に行われる「テーブル稽古」(座ったまま台本を読む稽古)には必ず参加し、さらなる修正があった場合の対応にあたる。翻訳者としての役目は基本的にここまでだが、立ち稽古に移ってからも連絡は絶やさない。翻訳依頼を受けてから公演までの時間は「短くて1年半、長ければ3〜4年」になるという。

憧れの翻訳家のように
訳せる日を夢見て

小田島家は親子そろって酒飲み。よく集まってはグラスを傾け、翻訳談義に花を咲かせる。もっとも「こんな人物だったら、こう訳す」といったざっくりした話が中心。小田島さんのほうから訳し方の助言を求めることもなければ、ご両親が息子の翻訳に対して何か言ったりもしない。対等な存在として、互いにほどよい距離感を保っている。

研究の行き詰まりを打破する手段として始めた翻訳は、いまでは生業のひとつになった。「戯曲翻訳家」という社会的なアイデンティティも得た。何より、自分が訳した台詞が俳優の肉声となって耳に届くとうれしいし、翻訳を通じて深く戯曲に向き合えるのが楽しい。

「もちろん、台詞の意図がわからず、何時間も悩んだりする時間は本当に苦しいですよ。でもそれも含めて、戯曲を読み込む楽しさ、翻訳の楽しさなのかなと思います。登場人物一人ひとりの言葉を、僕が代弁していくわけですから、おもしろくないわけがないんです」

翻訳者としての目標は2つある。1つは、提案する作品の幅を広げ、上演にまで至る作品を増やすこと。もう1つは、イギリス演劇界の巨匠トム・ストッパードの戯曲を翻訳することだ。

「2022年秋に上演されたストッパードの戯曲『レオポルトシュタット』は、憧れの存在である広田敦郎さんが翻訳されました。ストッパードの戯曲は日本語に落とし込むのが難しいのですが、いつか、広田さんのように訳せるようになれたらと思います」

翻訳一家に生まれ、〝刷り込み〞はあったかもしれないが、自分で求め、選んだ道。「戯曲翻訳家・小田島創志」としてのキャリアは、まだ幕が上がったばかりだ。

2023年4~5月に新国立劇場で上演された『エンジェルス・イン・アメリカ』(トニー・クシュナー作)の原書。
2023年4~5月に新国立劇場で上演された『エンジェルス・イン・アメリカ』(トニー・クシュナー作)の原書。

2023年4~5月に新国立劇場で上演された『エンジェルス・イン・アメリカ』(トニー・クシュナー作)の原書。訳す際は、まず気になる点に書き込みをしながら作品を読み込む。
『エンジェルス・イン・アメリカ』原書に書き込まれた赤字。訳す際は、まず気になる点に書き込みをしながら作品を読み込む。

※『通訳者・翻訳者になる本2024』より転載  取材/金田修宏 撮影/合田昌史

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小田島創志さん
小田島創志さんSoshi Odashima

東京都出身。戯曲翻訳家、演劇研究者。お茶の水女子大学、東京芸術大学ほかで非常勤講師を務める。専門はハロルド・ピンターやトム・ストッパードを中心とした現代イギリス演劇。翻訳戯曲に、クレスマン・テイラー作/フランク・ダンロップ脚色『受取人不明 ADDRESS UNKNOWN』(2018年9月 赤坂RED/THEATER)、ラジヴ・ジョセフ『タージマハルの衛兵』(2019年12月 新国立劇場)、レイチェル・デ=レヘイ『ウエストブリッジ』(2021年2月 せんがわ劇場)、ジョー・ペンホール『BIRTHDAY』(2021年9月 新宿シアタートップス)、アニー・ベイカー『アンチポデス』(2022年4月 新国立劇場)など。